1版
定価:5,280円(本体4,800円+税10%)
概要
生きた組織・個体における,がん細胞の動態,接触皮膚炎での免疫応答,関節リウマチでの骨破壊機構,慢性炎症の過程,多発性硬化症の発症機構,神経回路形成メカニズムなどが,生体イメージング技術を用いた解析から見えてきた.技術の進展により,細胞や分子の機能も評価できるようになってきた.本書では,診断法や治療法の開発にもつながることが期待される,イメージングすることによって得られた最新の知見をわかりやすく解説.
学会や研究会での講演の後に,聴衆から声をかけてもらうのは常にうれしいことであるが,「イメージングの動画はとてもきれいですね」と言われると,正直少し複雑な気分になる.そして,心の中ではいつもこう聞き返している,「きれいなだけですか?」と.きれいなことはアートとしては結構であるが,サイエンスとしては物足りない.われわれ生命科学者は,生命科学上の諸疑問を解決すべく,イメージングの技術開発やその応用に取り組んでいる.「イメージングをして,何が新たにわかったのか」,「それはイメージングをしなかったら,わからなかったことなのか」,常に自問しながら日々研究を行っている.
ところで,「百聞は一見に如かず」というのは良い諺であると思う.伝え聞くことは本当かどうかわからないが,自分の目で見てはじめて,なるほど,そうなのかと理解できるというわけである.確かに,人間にとって「見る」ということは,五感のなかでも飛び抜けて重要性が高い.その一方で,諺の英語版とされている“Seeing is believing”という言葉はあまり好きになれない.なぜなら,believe(信じる)とは,何とも科学的ではないからである.ありもしない現象や細胞の存在を「信じる」ことは科学の立ち位置ではない.科学にとって重要なことは,どんなに疑いの目をもって見る人をも納得させうる客観的エビデンスを積み重ねて,適切かつ論理的な推論により明確な結論を得ることにあると思う.
生体イメージングは科学的手法の1つである.ただこの手法は,生きた体内で起こる現象を,時系列を追って,そのリアルの現場をとらえることができるという,ほかにはない大きな利点を備えたものである.実際,本書で示すように,さまざまな生命科学の研究領域において,生体イメージングによって科学的理解を深めることが可能となった研究成果が数多く存在し,これからもさらなる展開が期待される.
世界四大光学機器メーカーのうち2社が存在するわが国は,化学合成などの高い技術を誇り,生体蛍光イメージングに関する高いポテンシャルを有している.実際,近年は世界をリードする優れた研究成果が数多くもたらされてきた.とくに,ここ5年ほどは,主要学会において生体イメージングを取り扱うシンポジウムがほぼ毎年開催され,多くの聴衆を集めており,その注目度の高さがうかがわれる.しかしながら,これまでの生体イメージング研究は,その「動画」の美しさが強調されるあまり,聴衆を“believe”させてしまっていたかもしれない.一般向けのアウトリーチ活動などではそれでもよいかもしれないが,科学のなかでのイメージングの位置付けは,あくまでも科学的手続きにおいて確度の高い証拠を提示するものであるということを改めて確認したい.
本書では,近年,爆発的な勢いで発展している「生体イメージング」について,これまでイメージング技術を開発・活用してさまざまな自然科学の研究領域を開拓してきた研究者たちが,とくに「イメージングをして,またはその技術開発をして,何が新たにわかったのか,何ができるようになったのか」という点にフォーカスをあてて,各々の研究を紹介している.それぞれの最前線でイメージングを駆使して,何を考え,何を得たのか,ぜひその迫力ある臨場感を味わっていただければ幸いである.本書がわが国におけるイメージングサイエンスの普及と,生命科学研究全般のさらなる発展に貢献できることを切に願っている.
2014年11月
大阪大学大学院医学系研究科 免疫細胞生物学
石井 優
第Ⅰ部 生体イメージングの基礎知識
第1章 生体イメージングとは─その実際と目指すもの─ 石井 優
1-1 「見えないものを見る」試みと,生命科学研究の歩み
1-2 「動態学」研究の幕開け
1.生体イメージングによる動態学研究:神経科学の場合
2.生体イメージングによる動態学研究:発生学の場合
3.生体イメージングによる動態学研究:免疫学,血液学の場合
4.生体イメージングによる動態学研究:がん研究の場合
5.今後のさらなる発展性
1-3 「真の姿」を見つめようとする真摯なサイエンスのあり方を目指して
第2章 生体光イメージングや光学顕微鏡で用いられる原理・装置
─最新の光学顕微鏡法を中心に─ 根本知己 日比輝正 川上良介
2-1 光を用いたイメージング:とくに蛍光顕微鏡の特徴
2-2 光学顕微鏡の結像原理と分解能
2-3 最新の蛍光顕微鏡技術
1.2光子励起顕微鏡法,多光子励起顕微鏡法,高次高調波顕微鏡法
2.局所顕微鏡法:PALM,STORM
3.STED顕微鏡法,RESOLFT顕微鏡法
4.構造化照明顕微鏡法
5.ベクトルビームを用いた顕微鏡
第3章 生体イメージングに用いられる蛍光バイオセンサーの開発と応用 熊谷悠香 松田道行
3-1 蛍光タンパク質
3-2 蛍光バイオセンサー
1.蛍光タンパク質単体のバイオセンサー
2.蛍光タンパク質の円順列変異体を利用したバイオセンサー
3.局在の変化で分子の状態を観察するバイオセンサー
4.FRETバイオセンサー
3-3 FRETバイオセンサーの種類とその特徴
3-4 FRETバイオセンサーの開発
1.タンパク質リン酸化酵素の活性を検出するFRETバイオセンサー
2.セカンドメッセンジャーを検出するFRETバイオセンサー
3.低分子量GTP結合タンパク質の構造変化を検出するFRETバイオセンサー
4.カスパーゼ活性を検出するFRETバイオセンサー
3-5 培養細胞から生体へ
3-6 FRETマウスとその応用
第4章 スピロ環化平衡に基づく蛍光プローブの論理的開発
─がんイメージング,超解像イメージングへの応用─ 浦野泰照 宇野真之介 神谷真子
4-1 分子内スピロ環化平衡を利用した蛍光プローブ設計法の確立
4-2 蛍光イメージングプローブの精密設計に基づくがん選択的蛍光イメージング
4-3 超解像イメージング法とは
4-4 分子内スピロ環化平衡に基づく自発的にブリンキングする超解像イメージングプローブの開発
4-5 生細胞におけるタイムラプス超解像イメージング
第Ⅱ部 生体内細胞ダイナミクス
─生体イメージングで見える生きた細胞の動態と機能─
第5章 リンパ節イメージング
─リンパ球の移動と細胞間相互作用のダイナミクス─ 岡田峰陽
5-1 免疫応答開始時のリンパ球移動のイメージング
5-2 胚中心形成とB細胞選択の免疫応答における重要性
5-3 胚中心内におけるB細胞のダイナミクスのイメージング
5-4 胚中心B細胞とヘルパーT細胞の相互作用のイメージング
5-5 細胞間相互作用ダイナミクスと細胞運命
5-6 分子を可視化することによる細胞間相互作用ダイナミクスの解析
第6章 胸腺,リンパ節イメージング
─インテグリンによるT細胞動態の調節─ 植田祥啓 片貝智哉 木梨達雄
6-1 胸腺細胞の移動と選択過程
1.胸腺細胞の移入と移出
2.胸腺細胞の分化と移動
3.胸腺細胞の選択と移動
6-2 胸腺細胞のイメージング
1.正の選択環境下でのイメージング
2.皮質と髄質のあいだにおける胸腺細胞の移動
3.負の選択環境下でのイメージング
6-3 リンパ節のイメージング
1.T細胞の移入と移出
2.T細胞のリンパ節における移動
3.T細胞の抗原認識のイメージング
第7章 リンパ節における抗原の輸送とB細胞による抗原の認識 鈴木一博
7-1 B細胞免疫応答
7-2 抗原のリンパ節への到達経路
7-3 SCSマクロファージによる抗原の捕捉と輸送
7-4 濾胞樹状細胞への抗原輸送と濾胞樹状細胞上での抗原認識
7-5 樹状細胞によるB細胞への抗原提示
7-6 可溶性小分子抗原のリンパ節内への輸送とB細胞による認識
第8章 骨髄内イメージング─破骨細胞と骨動態─ 菊田順一 石井 優
8-1 骨組織のライブイメージング技術の確立
8-2 ライブイメージングによる破骨前駆細胞の可視化
1.スフィンゴシン1-リン酸(S1P)による破骨前駆細胞の遊走制御メカニズム
2.ビタミンDによる骨破壊抑制メカニズム
8-3 ライブイメージングによる成熟破骨細胞の可視化
1.成熟破骨細胞の可視化
2.成熟破骨細胞機能の新規解析ツールの開発
3.ライブイメージングによる成熟破骨細胞の動態解析
4.Th17細胞による成熟破骨細胞の骨吸収制御
5.骨芽細胞の可視化と動態解析
第9章 骨髄内イメージング─造血幹細胞ニッチの免疫特権─ 藤崎譲士
9-1 造血幹細胞ニッチ
9-2 造血幹細胞ニッチのIVMを用いたイメージング
1.位置情報
2.細胞動態
3.高速スキャン
9-3 幹細胞ニッチは免疫特権をもつのか
9-4 造血幹細胞ニッチは免疫特権をもつのか
1.同種異系の造血幹細胞が免疫抑制なしで長期生存する
2.制御性T細胞が造血幹細胞ニッチに免疫特権を与える
3.体性幹細胞ニッチにおける免疫特権機構の解明に向けて
第10章 皮膚免疫イメージング 本田哲也 村田光麻 江川形平 椛島健治
10-1 多光子励起顕微鏡による解析と皮膚
10-2 多光子励起顕微鏡による皮膚免疫細胞と皮膚構造の可視化
10-3 皮膚免疫反応のイメージング:接触皮膚炎モデル
1.T細胞の動態のイメージング
2.制御性T細胞の動態と接触皮膚炎反応
3.肥満細胞の動態
10-4 エフェクターT細胞の活性と動態の相関とその調節機構
第11章 生体分子イメージングで見る生活習慣病の発症過程 西村 智
11-1 肥満と慢性炎症:生体イメージングで見る肥満脂肪組織
1.肥満脂肪組織における生体分子イメージングの意義
2.生組織イメージングで見る肥満脂肪組織リモデリング
3.生体内の脂肪組織の可視化:生体分子イメージングの開発
4.肥満脂肪組織と慢性炎症
5.CD8陽性T細胞の重要性:肥満病態の最も初期のトリガーは何か
11-2 血小板機能の生体イメージングを用いた可視化
第12章 がんのイメージング 今村健志 疋田温彦 大嶋佑介 古賀繁宏
12-1 がんにおけるイメージングの発展の歴史
1.医療現場で活躍する画像診断・イメージング機器の発展の歴史
2.がん研究分野で活躍するさまざまなイメージング手法の開発の歴史
12-2 生体生物発光イメージング
1.生物発光イメージングの基礎知識
2.がん研究における生体生物発光イメージングの応用
12-3 生体蛍光イメージング
1.蛍光イメージングの基礎知識
2.がん研究における生体蛍光イメージングの応用
12-4 非線形光学を利用した生体蛍光イメージング
第Ⅲ部 神経機能ダイナミクス
─神経系の生体イメージングで見える脳・神経のはたらき─
第13章 生体内イメージングによって明らかになった生理的条件下におけるミクログリアの機能 宮本愛喜子 和氣弘明 鍋倉淳一
13-1 静止型ミクログリアと活性化型ミクログリア
13-2 突起の運動性と神経活動依存性
13-3 ミクログリアの突起の遊走メカニズム
13-4 ミクログリアによるシナプス除去過程“synapse elimination”への関与
13-5 シナプス除去の分子メカニズム
13-6 ミクログリアによるシナプスの機能的変化
第14章 神経免疫イメージング
─自己反応性T細胞の中枢神経系への浸潤─ 川上直人
14-1 実験動物モデル
14-2 自己反応性T細胞の中枢神経系への浸潤
14-3 自己反応性T細胞の活性化のイメージング
1.NFAT-GFP融合タンパク質
2.Ca2+濃度依存性蛍光タンパク質:Twitch1
14-4 生体内イメージングの展望
第15章 嗅球機能の生体イメージング 永山 晋
15-1 糸球体モジュールとは何か
15-2 糸球体モジュールの研究
15-3 今後のイメージングに期待される展開
第16章 小脳神経回路の発達と可塑性の生体イメージング 西山 洋
16-1 小脳における生体イメージングの有用性
16-2 小脳における長期生体タイムラプスイメージング
16-3 発達期における登上線維の競合的除去
16-4 運動学習における平行線維終末の形態可塑性
日本語索引
外国語索引