“口から食べる”を支える
在宅でみる摂食・嚥下障害,口腔ケア
1版
新田クリニック 院長 新田國夫 編著
定価
3,300円(本体 3,000円 +税10%)
- A5判 182頁
- 2010年6月 発行
- ISBN 978-4-525-20901-8
近年在宅医療においてもPEGを始めとする経管栄養の普及が目覚ましいが,患者の摂食・嚥下機能と施行されている栄養摂取方法のかい離がかなりの頻度でみられるという.どんな時に,どのように機能評価を行い,また口から食べ,飲み込む力の維持と回復はどのようにするのかを様々な視点から解説した,在宅患者のQOL維持にも必須の一冊.
- 序文
- 目次
序文
在宅医療が求められて久しい.在宅医療における診療報酬制度は1984年にほぼ完成されているが,すでに20年を経過しようとしている.20年の間にさらに社会的事情は在宅医療の必要性を増した.必要性の増加は高齢者人口の増加である.
在宅医療は日本における医療供給政策における必然として考えられる.私たちは20世紀からの治療医学を学びさらに発展させてきた.より困難な病的課題に対して治癒をめざして医療行為が行われている.がん,難病,脳血管疾患など様々な病気に対して今後も研究され,発展し,継続されるであろう.
しかしながら,一方高齢者医療は疾病治療を行っても障害が残り,高齢者であるゆえに,障害がその後の人生に満足をもたらせないことも理解するようになった.病院の世紀が限界を迎えたといってもよい.治療医学に対する社会的期待が高齢者にとって期待でなくなることが始まっている.現在継続しているのは50年以上継続されてきた病院への安全,安心,志向である.病院への安全安心志向は,社会的入院とつながり,本来の病院の目的とは違う.
病院における治療医学が期待され,供給システムも稼働していたが,現在稼働しなくなってきたのは高齢者における急性期医療が機能しなくなり,医療供給体制のシステム病変が進行したのである.誰もが疾病が治療されたとしても健康にはなれないことを意識し始めたのである.健康概念の変化である.健康から病気そして治療が行われ健康回復が行われる基本的な概念は変化し,治療から健康への発想は変化し,障害を持っても自立へ,ノーマライゼーション,あるいはターミナル,終末期の発想がもたらされることになる.
歯科領域における摂食・嚥下機能の問題の基本はここにある.たとえ脳血管疾患になり摂食・嚥下障害に陥っても食べられる口作りの発想はノーマライゼーションである.在宅医療の基本には対病院の発想ではなく,健康概念の変化がもたらした必然的結果として,高齢者があるべき姿としての在宅における生活を支える医療として位置づけられる.現在なお病院の発想は継続している.しかしながら急性期治療がなされたとしても,帰るべき場所がない高齢者が多く存在する.となると治療の目的そのものに疑問符がつくことになる.
治療は健康になることではなく従来の生活にできる限り近づけることが目的である.健康概念と同じく,高齢者の患者の流れは自宅から一般病院に入院し,治療終了後に自宅に帰ることが理想ではあるが,実際の高齢者の流れは複雑で,その間に廃用症候群を作られることもしばしばである.できうる限り生活の場面に早期に復帰し,治療の継続性が図られるべきである.ここでの在宅は住み慣れた地域での住居であり,決して自分の家のみを意味しない.そのためには在宅医療が整備されねばならない.たとえ在宅に復帰したとしても,在宅で廃用症候群を生む可能性があり,在宅にかかわる医師は在宅医療に習熟して,本来の目的を果たさねばならない.
今回刊行される本書が,在宅医療の現場でご活躍される皆様の助けになれば幸いである.
2010年5月
新田國夫
在宅医療は日本における医療供給政策における必然として考えられる.私たちは20世紀からの治療医学を学びさらに発展させてきた.より困難な病的課題に対して治癒をめざして医療行為が行われている.がん,難病,脳血管疾患など様々な病気に対して今後も研究され,発展し,継続されるであろう.
しかしながら,一方高齢者医療は疾病治療を行っても障害が残り,高齢者であるゆえに,障害がその後の人生に満足をもたらせないことも理解するようになった.病院の世紀が限界を迎えたといってもよい.治療医学に対する社会的期待が高齢者にとって期待でなくなることが始まっている.現在継続しているのは50年以上継続されてきた病院への安全,安心,志向である.病院への安全安心志向は,社会的入院とつながり,本来の病院の目的とは違う.
病院における治療医学が期待され,供給システムも稼働していたが,現在稼働しなくなってきたのは高齢者における急性期医療が機能しなくなり,医療供給体制のシステム病変が進行したのである.誰もが疾病が治療されたとしても健康にはなれないことを意識し始めたのである.健康概念の変化である.健康から病気そして治療が行われ健康回復が行われる基本的な概念は変化し,治療から健康への発想は変化し,障害を持っても自立へ,ノーマライゼーション,あるいはターミナル,終末期の発想がもたらされることになる.
歯科領域における摂食・嚥下機能の問題の基本はここにある.たとえ脳血管疾患になり摂食・嚥下障害に陥っても食べられる口作りの発想はノーマライゼーションである.在宅医療の基本には対病院の発想ではなく,健康概念の変化がもたらした必然的結果として,高齢者があるべき姿としての在宅における生活を支える医療として位置づけられる.現在なお病院の発想は継続している.しかしながら急性期治療がなされたとしても,帰るべき場所がない高齢者が多く存在する.となると治療の目的そのものに疑問符がつくことになる.
治療は健康になることではなく従来の生活にできる限り近づけることが目的である.健康概念と同じく,高齢者の患者の流れは自宅から一般病院に入院し,治療終了後に自宅に帰ることが理想ではあるが,実際の高齢者の流れは複雑で,その間に廃用症候群を作られることもしばしばである.できうる限り生活の場面に早期に復帰し,治療の継続性が図られるべきである.ここでの在宅は住み慣れた地域での住居であり,決して自分の家のみを意味しない.そのためには在宅医療が整備されねばならない.たとえ在宅に復帰したとしても,在宅で廃用症候群を生む可能性があり,在宅にかかわる医師は在宅医療に習熟して,本来の目的を果たさねばならない.
今回刊行される本書が,在宅医療の現場でご活躍される皆様の助けになれば幸いである.
2010年5月
新田國夫
目次
序論 在宅でみる摂食・嚥下障害,口腔ケア
Chapter1 在宅医療に役立つ摂食嚥下の基本知識
1.摂食・嚥下運動と障害─在宅でよくみられる状態
a.先行期(認知期)の障害
b.口腔準備期(食塊形成期)の障害
c.口腔期の障害
d.咽頭期の障害
2.嚥下障害の要因
3.嚥下障害に対する治療薬
a.ACE阻害薬
b.ドパミン作動薬
c.抗血小板薬
d.漢方薬など
e.抗菌薬
Chapter2 摂食・嚥下障害を疑ったら
1.嚥下障害の現状,疫学データ
2.嚥下障害に対する認識
3.嚥下障害患者に起きうるリスクと状態変化の予想
Chapter3 摂食嚥下の過程と各過程における障害の見分け方
1.各過程における摂食・嚥下機能の問題
a.先行期
b.準備期(咀嚼障害)
c.口腔期(咽頭送り込み期)
2.摂食場面での観察法と対応法
a.食事場面の観察とその評価ポイント
b.その他の観察評価項目
c.高齢者にみられる原始反射
Chapter4 どのような時に嚥下障害を疑うか
─嚥下障害の症状はむせだけではない─
1.介護現場の嚥下障害に対する状況
2.摂食・嚥下障害を疑わせる症状
3.診察のポイント
Chapter5 摂食・嚥下障害の評価
1.評価の流れ
2.嚥下造影,嚥下内視鏡とそれ以外の主な評価とその手段と意義
a.スクリーニングテスト
b.精 査
Chapter6 誤嚥性肺炎について
1.誤嚥性肺炎とは
2.病態と臨床所見
a.化学性肺炎(肺臓炎)
b.細菌性肺炎
c.物理的閉塞
3.リスク因子
4.誤嚥性肺炎の在宅での治療法
5.誤嚥性肺炎を繰り返す患者への対応
a.不顕性誤嚥
b.誤嚥性肺炎のエビデンスからみた症候
Chapter7 状態に応じた摂食・嚥下障害への対応
1.嚥下障害の原因
2.嚥下障害の病態と訓練
a.認知障害による摂食・嚥下障害
b.口への取り込みの障害
c.咀嚼・食塊形成の障害
d.咽頭への送り込みの障害
e.咽頭通過障害
f.食道通過障害および胃食道逆流
g.呼吸の障害(廃用症候群など)
3.嚥下訓練の原則
a.座位と口腔ケア
b.咀嚼の大切さ
c.生活の活性化
4.疾患別にみた摂食・嚥下障害への対応
a.脳卒中と嚥下障害
b.神経変性疾患(神経難病など)と嚥下障害
c.緩和ケアでの嚥下障害(担がん状態における嚥下障害)
5.摂食・嚥下の改善はトータルケアのなせる技
6.おわりに─病は気から,元気は口から─
Chapter8 誤嚥が疑われる患者の安全な食事摂取
1.誤嚥が疑われる在宅高齢者の実際
a.脱水の予防の重要性
b.脱水の早期発見・早期対応
2.誤嚥が疑われる患者の安全な食事摂取
a.食べる前の口腔ケアと準備体操
b.食事の姿勢
c.食形態の工夫
d.食事後の体位と口腔ケア
3.胃瘻や腸瘻でも経口摂取をあきらめない工夫
Chapter9 在宅での口腔管理
1.口腔ケアの目的
2.口腔ケアを行う前の確認事項
3.口腔ケアの時に準備する物品
4.口腔ケアの方法
a.よくある質問
b.くるリーナブラシシリーズによる口腔ケア
5.口腔機能に合わせた食事形態の調整
6.食 具
Chapter10 在宅での摂食訓練─導入と具体例
1.摂食・嚥下障害と付き合いながらの在宅生活に関わるとは
2.言語聴覚士の立場で「美味しく,安全に食べる」を支える
a.全身状態は安定しているか
b.日常生活をどこで何をして過ごしていて,普段の姿勢はどうか
c.舌・歯・歯肉の健康状態,歯磨きの習慣はどうか
d.発声・発語の状態,それぞれの器官の動きはどうか
e.本人と家族のニーズ,障害に対する理解度や協力度はどうか
3.摂食・嚥下障害の症状の変化に気づいてアプローチを開始する
4.事例を通してSTの関わりを振り返る
5.STとして大切なこと
Chapter11 摂食・嚥下障害の栄養管理
─食の危機状況の発見と適切な食事形態
1.食の危機状態の発見
a.栄養アセスメントの視点
b.摂食・嚥下障害による食の危機
2.適正な食事改善への取り組み
a.食形態と対処法
b.環境を考えた対処法
3.今後の展望
付:在宅で必要な基本的な介護食
Chapter12 多職種・地域連携
A.言語聴覚士の役割
1.在宅での摂食・嚥下障害リハビリテーション
~言語聴覚士の立場から
a.言語聴覚士は何をするのか
b.言語聴覚士はどこにいるのか
2.事例を通して
a.進行性神経疾患の事例
b.まとめ
3.これからの連携の形
B.栄養士の役割
1.管理栄養士(栄養士)の在宅での役割
~栄養士は在宅で何をしてくれるの
a.栄養状態の評価による対処法
b.病態のコントロールへの支援
c.その他の役割
C.歯科医師の役割
1.いつまでも口から食べる
2.歯科医師の役割
3.医師との顔の見える連携
4.多職種とのチーム連携
Chapter13 経口摂取から経管栄養へ
─PEGへの移行を考えるとき
1.胃瘻としてのPEGの適応
2.PEGについての一般的な理解
a.PEGの定義
b.注入する栄養剤の注入法
c.在宅での管理と交換時期
d.PEG導入後の経過
3.PEG導入の注意点
Chapter14 PEGから経口摂取へ
─再び食べられるために
1.経管栄養-PEGの効用-
2.胃瘻造設後の経口摂取について
3.PEGの役割-社会参加の獲得-
4.胃瘻造設後の管理について
a.カテーテル交換時の誤挿入
b.瘻口周囲の管理
c.瘻口周囲からの胃内容物の漏れ・胃食道逆流
d.胃瘻の事故抜去時の対応
e.長期的な栄養管理
Chapter15 摂食・嚥下障害と倫理
─経管栄養を「はじめるとき」「やめるとき」に考えるべきこと─
1.PEGをはじめるときの倫理的アプローチ
2.PEGをやめるときの倫理的アプローチ
3.倫理的アプローチを理解するために─生命倫理の基礎知識
a.看取りの概念
b.緩和ケアの概念
c.終末期意思決定のプロセス
d.延命治療を「差し控えること」と「中止すること」の違い
e.治癒の見込みがない終末期に,人工的水分栄養補給をやめることに対する賛否両論
f.Evidence Based Ethics
g.事前指示の重要性
Chapter16 在宅での摂食・嚥下障害患者の抱える諸問題を解決するために
─“地域で”患者を支えていくための取り組みから─
1.医科・歯科連携と地域連携システムの構築
2.在宅で摂食・嚥下リハビリテーションや口腔ケアを行う人材はいるか?
3.摂食・嚥下障害への対応における医科・歯科連携の重要性
4.生活の視点に立った摂食・嚥下機能支援とは
5.人間の全体像を捉える口腔ケアとリハビリテーションを目指して