カテゴリー: 総合診療医学/プライマリ・ケア医学 | 呼吸器学
終末期の肺炎
1版
南砺市民病院 内科/総合診療科 大浦 誠 編
定価
3,960円(本体 3,600円 +税10%)
- B5判 166頁
- 2021年1月 発行
- ISBN 978-4-525-21051-9
とことんこだわる 必死に悩む だから差が出る
終末期の肺炎.この言葉を聞いたとき、あなたはネガティブな感情をもたなかっただろうか? 繰り返す誤嚥,認知症での意思決定,抗菌薬の使い方,胃ろうの是非と栄養管理,リハビリの設定...と終末期の肺炎は悩ましいことだらけなのである.本書ではそれらの問題をどこまでも深め,正しく悩むための判断材料やフレームワークを紹介している.
- 序文
- 目次
- 書評 1
- 書評 2
序文
この書籍は,2018年11月に南山堂の月刊誌『治療』で「終末期の肺炎」という特集をさせていただいたものが書籍化されたものである.一見すると地味なタイトルであるが,この本を取った皆さんは,タイトルを見てどのような印象をもつだろうか.「誤嚥性肺炎を繰り返す認知症の患者に対して,抗菌薬の投与をいつまで続ければよいのか悩ましい」だろうか.それとも「胃ろうの是非を本人の意思が確認できないまま決断することが悩ましい」だろうか.ひょっとしたら「NSTやリハビリはいつまで頑張ればいいのか悩ましい」という前向きなものかもしれないし,「敗戦処理のようなもので治療にやりがいを感じない.医師として無力感を感じて悩ましい」という後ろ向きな印象もあるかもしれない.そう,終末期の肺炎は悩ましいことだらけなのである.私は高齢化率38%の地域で175床の病院に勤務している家庭医療専門医であるが,この問題に直面するたびに「リハビリ介入や栄養管理が大事とはいえ,どこまで治療すればいいのか」,「胃ろうの決断をどうしようか」,「他の医師ならどうしているのだろうか」とあれこれ悩んでいるのが現状である.
本書は,そんな悩ましい終末期の肺炎を総合診療の視点でどこまでも深めよう,という企画である.そもそも終末期の肺炎とはどのような状態をいうのか.その線引きをどこに設定するのか,あるいは本当に線引きなんてできるのか.終末期の肺炎に抗菌薬を投与する以外の治療はあるのか,それはどこまでするのか,はたまた治療を差し控える基準はあるのか.家族に胃ろうに関して尋ねられた時に判断材料になるようなエビデンスはあるのか.
読者の皆さんの悩みを解決するつもりが,かえって悩ましくなってしまうかもしれないが,正しく悩むための判断材料や,治療の枠を超えた家庭医療のフレームワークを紹介しつつ,総合診療医が専門性を発揮する終末期の肺炎診療とは何かを考えていきたい.
2020年12月
大浦 誠
本書は,そんな悩ましい終末期の肺炎を総合診療の視点でどこまでも深めよう,という企画である.そもそも終末期の肺炎とはどのような状態をいうのか.その線引きをどこに設定するのか,あるいは本当に線引きなんてできるのか.終末期の肺炎に抗菌薬を投与する以外の治療はあるのか,それはどこまでするのか,はたまた治療を差し控える基準はあるのか.家族に胃ろうに関して尋ねられた時に判断材料になるようなエビデンスはあるのか.
読者の皆さんの悩みを解決するつもりが,かえって悩ましくなってしまうかもしれないが,正しく悩むための判断材料や,治療の枠を超えた家庭医療のフレームワークを紹介しつつ,総合診療医が専門性を発揮する終末期の肺炎診療とは何かを考えていきたい.
2020年12月
大浦 誠
目次
Ⅰ章 高齢者肺炎の治療を徹底的に勉強しよう
まずは治療の引き出しを増やそう
これまでの誤嚥性肺炎診療の歴史
誤嚥性肺炎の重要性を経済的観点から考察する
肺炎診断の難しさ
肺炎治療の難しさ
誤嚥性肺炎のABCDEアプローチについて
内科的治療を超えた肺炎治療を深める
口腔ケアのエビデンス,食事中の体位,嚥下機能改善に向けた薬物選択
完全側臥位法のメリット・デメリット,どこまでやるか
オーラルフレイル,サルコペニア,リハ栄養
データに基づく歯科的介入
総合診療医だけでできる嚥下機能評価
Ⅱ章 それでも治せない高齢者肺炎
終末期診断の難しさ
胃ろうや中心静脈栄養のエビデンス
倫理的問題,ACPについて
嚥下障害をどこまで積極的にリハビリするか
治療の差し控え・中止と自己決定
同意能力を欠く患者の医療同意
認知症の患者に理性はあるか
最期の肺炎を迎えたときに何をすべきか
Ⅲ章 総合診療医の個性を肺炎診療に活かそう
訪問診療のコツ
デバイスを上手に使おう
嚥下エコーの簡単な導入方法からマニアックな実践例について
誤嚥性肺炎におけるゴールの話し合い
家族志向性アプローチの活用
交渉術
誤嚥性肺炎の終末期に対する行政・福祉の支援
おわりに
終末期肺炎診療は総合診療医の専門性が発揮される
まずは治療の引き出しを増やそう
これまでの誤嚥性肺炎診療の歴史
誤嚥性肺炎の重要性を経済的観点から考察する
肺炎診断の難しさ
肺炎治療の難しさ
誤嚥性肺炎のABCDEアプローチについて
内科的治療を超えた肺炎治療を深める
口腔ケアのエビデンス,食事中の体位,嚥下機能改善に向けた薬物選択
完全側臥位法のメリット・デメリット,どこまでやるか
オーラルフレイル,サルコペニア,リハ栄養
データに基づく歯科的介入
総合診療医だけでできる嚥下機能評価
Ⅱ章 それでも治せない高齢者肺炎
終末期診断の難しさ
胃ろうや中心静脈栄養のエビデンス
倫理的問題,ACPについて
嚥下障害をどこまで積極的にリハビリするか
治療の差し控え・中止と自己決定
同意能力を欠く患者の医療同意
認知症の患者に理性はあるか
最期の肺炎を迎えたときに何をすべきか
Ⅲ章 総合診療医の個性を肺炎診療に活かそう
訪問診療のコツ
デバイスを上手に使おう
嚥下エコーの簡単な導入方法からマニアックな実践例について
誤嚥性肺炎におけるゴールの話し合い
家族志向性アプローチの活用
交渉術
誤嚥性肺炎の終末期に対する行政・福祉の支援
おわりに
終末期肺炎診療は総合診療医の専門性が発揮される
書評 1
終末期の肺炎というキメラ状健康問題に取り組む
藤沼康樹 先生(医療福祉生協連家庭医療学開発センター)
誤嚥性肺炎による入退院を繰り返したり,あるいは入院中に誤嚥性肺炎が再発し入院期間が長引いたりといった高齢患者は,地域の中小規模病院が担当していることが多いはずである.また,入院に至らないまでも,微少誤嚥による発熱を繰り返す在宅患者に対応することは在宅医療における重要なタスクの1つである.
さて,実は,この誤嚥性肺炎という「疾患名」は,ある種のトラップ/罠である.なぜなら誤嚥性肺炎という生物医学的診断名をつければ治療が直線的に導き出される「はず」であるということが,通常の医学の発想であるからだ.しかし,現実に誤嚥性肺炎の高齢者に関するケアは直線的ではなく,多様な構成要素が放射的・拡散的かつ領域横断的にひろがっていて,構造的にキメラ状で複雑/complexな問題であることは,実際に診療に当たっている医療者にはデフォルトの認識であろう.誤嚥性肺炎は病態生理学的に定義される呼吸器疾患ではないのである.この書籍のタイトルを,疾患カテゴリーとしての誤嚥性肺炎ではなく,「終末期の肺炎」としていることは,そうした認識に基づいていると思われる.いいかえれば,誤嚥性肺炎とは多疾患併存/multimorbidityのパターンの1つであるという認識が編者にはあるのだと思われる.
目次立てもこうした構造的特徴を踏まえて,その構成要素をできるだけかみくだいて理解しやすくしようという工夫がみて取れる.「なぜ終末期の肺炎の治療が複雑なのか?」,「抗菌薬の適切な使用」,「嚥下機能評価と口腔ケアの重要性」,「リハビリテーション栄養」,「専門職連携実践」,「なにをもって終末期とするか? といった倫理的課題群」,「胃ろうと中心静脈栄養」,「在宅ケアの留意点」などについて丁寧に項目が立てられている.
そして,この本に通底している視角や考え方は,あきらかに家庭医療学/family medicineであることが,この本をさらにユニークなものとしている.家庭医療学はプライマリ・ケアの学問的基盤であるが,その特徴の1つは疾患単位のアプローチではなく,問題の多面性・多層性を生物医学にとどまらず構造的にとらえるアプローチである.それゆえに,家庭医療学は終末期の肺炎の患者をどう捉えどうケアするのかという問題に対してきわめて有効に機能するということがこの書籍には呈示されているのだ.
高齢者の肺炎に地域で取り組むすべての医療者に一読を勧めたい.
藤沼康樹 先生(医療福祉生協連家庭医療学開発センター)
誤嚥性肺炎による入退院を繰り返したり,あるいは入院中に誤嚥性肺炎が再発し入院期間が長引いたりといった高齢患者は,地域の中小規模病院が担当していることが多いはずである.また,入院に至らないまでも,微少誤嚥による発熱を繰り返す在宅患者に対応することは在宅医療における重要なタスクの1つである.
さて,実は,この誤嚥性肺炎という「疾患名」は,ある種のトラップ/罠である.なぜなら誤嚥性肺炎という生物医学的診断名をつければ治療が直線的に導き出される「はず」であるということが,通常の医学の発想であるからだ.しかし,現実に誤嚥性肺炎の高齢者に関するケアは直線的ではなく,多様な構成要素が放射的・拡散的かつ領域横断的にひろがっていて,構造的にキメラ状で複雑/complexな問題であることは,実際に診療に当たっている医療者にはデフォルトの認識であろう.誤嚥性肺炎は病態生理学的に定義される呼吸器疾患ではないのである.この書籍のタイトルを,疾患カテゴリーとしての誤嚥性肺炎ではなく,「終末期の肺炎」としていることは,そうした認識に基づいていると思われる.いいかえれば,誤嚥性肺炎とは多疾患併存/multimorbidityのパターンの1つであるという認識が編者にはあるのだと思われる.
目次立てもこうした構造的特徴を踏まえて,その構成要素をできるだけかみくだいて理解しやすくしようという工夫がみて取れる.「なぜ終末期の肺炎の治療が複雑なのか?」,「抗菌薬の適切な使用」,「嚥下機能評価と口腔ケアの重要性」,「リハビリテーション栄養」,「専門職連携実践」,「なにをもって終末期とするか? といった倫理的課題群」,「胃ろうと中心静脈栄養」,「在宅ケアの留意点」などについて丁寧に項目が立てられている.
そして,この本に通底している視角や考え方は,あきらかに家庭医療学/family medicineであることが,この本をさらにユニークなものとしている.家庭医療学はプライマリ・ケアの学問的基盤であるが,その特徴の1つは疾患単位のアプローチではなく,問題の多面性・多層性を生物医学にとどまらず構造的にとらえるアプローチである.それゆえに,家庭医療学は終末期の肺炎の患者をどう捉えどうケアするのかという問題に対してきわめて有効に機能するということがこの書籍には呈示されているのだ.
高齢者の肺炎に地域で取り組むすべての医療者に一読を勧めたい.
書評 2
山中克郎 先生(福島県立医科大学 会津医療センター 総合内科)
なんだ,この医学書は! 表紙に実に美味しそうな寿司ネタが並ぶ.コハダや穴子の握りをみれば寿司職人の腕前がわかるように,「総合診療医の腕は誤嚥性肺炎診療をみればわかる」そうである(汗).富山出身の大浦誠先生のニヤリとした顔が目に浮かぶ.
無菌である胃内容物の誤嚥による化学性肺臓炎(メンデルソン症候群)は治療に抗菌薬を必要とする細菌感染症の誤嚥性肺炎と区別される.肺がんや肺結核との鑑別も必要であるし,最近ではびまん性嚥下性細気管支炎という概念も加わり,誤嚥性肺炎の診断と治療は総合診療医の知識とセンスが求められる.
奥 知久先生が提唱し,森川 暢先生がアレンジを加えた誤嚥性肺炎で介入が可能な「ABCDEアプローチ」はわかりやすい.「ABCDE」とは急性疾患の治療,適切な体と食事形態,口腔ケア,薬剤,神経疾患,認知症/せん妄,栄養,リハビリテーション,倫理的配慮(緩和ケアを含む)を示す.
なかでも「口腔ケア」は非常に重要で発熱や肺炎発症率,肺炎による死亡率を下げるという.パーキンソン病を疑った場合の「L-DOPAチャレンジテスト」を筆者はまだ施行した経験がない.誰もができ,安全に口から食べられる「完全側臥位法」も初めて聞いた.参考文献にはYouTubeが紹介されていて,これが大変興味深いのである.
サルコペニアとは加齢や疾患により筋肉量が減少し,筋力と機能の低下をきたすことである.「とりあえず安静」,「とりあえず禁食」,「とりあえず水電解質輸液のみ」という指示により医原性サルコペニアが起きる.ベッドサイドで短時間に行える嚥下機能評価である「反復唾液嚥下テスト」,「改訂水飲みテスト」に習熟し,他職種を交えたチーム構築に総合診療医は注力しなくてはならないと本書は説く.警策(けいさく)で座禅中に肩を叩かれる思いであった.
この本で学んだことは明日からでも実践できる.また誤嚥性肺炎かと思っていた自分の診療姿勢を猛省し,診療の質を高めなければならないと痛感した.高齢者医療を大きく変える可能性を秘めた名著である.すべての若手医師と指導医にじっくり読んでほしい.
なんだ,この医学書は! 表紙に実に美味しそうな寿司ネタが並ぶ.コハダや穴子の握りをみれば寿司職人の腕前がわかるように,「総合診療医の腕は誤嚥性肺炎診療をみればわかる」そうである(汗).富山出身の大浦誠先生のニヤリとした顔が目に浮かぶ.
無菌である胃内容物の誤嚥による化学性肺臓炎(メンデルソン症候群)は治療に抗菌薬を必要とする細菌感染症の誤嚥性肺炎と区別される.肺がんや肺結核との鑑別も必要であるし,最近ではびまん性嚥下性細気管支炎という概念も加わり,誤嚥性肺炎の診断と治療は総合診療医の知識とセンスが求められる.
奥 知久先生が提唱し,森川 暢先生がアレンジを加えた誤嚥性肺炎で介入が可能な「ABCDEアプローチ」はわかりやすい.「ABCDE」とは急性疾患の治療,適切な体と食事形態,口腔ケア,薬剤,神経疾患,認知症/せん妄,栄養,リハビリテーション,倫理的配慮(緩和ケアを含む)を示す.
なかでも「口腔ケア」は非常に重要で発熱や肺炎発症率,肺炎による死亡率を下げるという.パーキンソン病を疑った場合の「L-DOPAチャレンジテスト」を筆者はまだ施行した経験がない.誰もができ,安全に口から食べられる「完全側臥位法」も初めて聞いた.参考文献にはYouTubeが紹介されていて,これが大変興味深いのである.
サルコペニアとは加齢や疾患により筋肉量が減少し,筋力と機能の低下をきたすことである.「とりあえず安静」,「とりあえず禁食」,「とりあえず水電解質輸液のみ」という指示により医原性サルコペニアが起きる.ベッドサイドで短時間に行える嚥下機能評価である「反復唾液嚥下テスト」,「改訂水飲みテスト」に習熟し,他職種を交えたチーム構築に総合診療医は注力しなくてはならないと本書は説く.警策(けいさく)で座禅中に肩を叩かれる思いであった.
この本で学んだことは明日からでも実践できる.また誤嚥性肺炎かと思っていた自分の診療姿勢を猛省し,診療の質を高めなければならないと痛感した.高齢者医療を大きく変える可能性を秘めた名著である.すべての若手医師と指導医にじっくり読んでほしい.