カテゴリー: 総合診療医学/プライマリ・ケア医学 | 検査・診断学
痛みの内科診断学
1版
福岡大学病院 総合診療部 鍋島茂樹 著
定価
3,520円(本体 3,200円 +税10%)
- B5判 144頁
- 2020年5月 発行
- ISBN 978-4-525-21241-4
痛みは内科診断学の教師である!
“痛み”を内科診断学の最重要症候と捉えて診断に活用する新たな診断学の意欲作!
筋骨格系や内臓疾患からくる痛み,心の痛みなど多様な痛みから患者は内科外来を訪れるが、痛みの性状に耳を傾ける(「痛みの由来分類」で考える)ことで病態の理解を深め正しい診断を導くことができる.診断の要点を症例をまじえて解説した痛みの教科書.
- 序文
- 目次
- 書評 1
- 書評 2
- 書評 3
序文
一般外来で「痛み」を主訴とする患者は多いが,痛みが得意な内科医はそう多くない.患者は説明できない痛みを経験すると,「内臓が悪いのでは?」と内科の門を叩くことがある.そこで内科医は患者をひととおり診察することになるが,自分の専門分野の疾患ではないとわかった場合,今度は整形外科や神経内科,あるいはペインクリニックへと患者を紹介することになる.時に,精神科や心療内科へと紹介することもあるだろう.痛みは,外傷や筋骨格系の痛み,内臓疾患,はては心の痛みまで千差万別,多種多様である.しかし,すべての痛みは病態の理解,そして診断につながる多くのことを語っている.臓器別疾患の一症候としてのみ痛みをとらえるのではなく,痛みそのものの性状に耳を傾けることで正しい診断を行うことができれば,内科医として大きな喜びである.
痛みを和らげる鎮痛薬は,近年,さまざまなものが開発され,さらに適応疾患も広がりつつある.ところが内科医は,緩和医療を行っている一部の医師をのぞき,鎮痛にあまり気を使わないことが多い.筆者が若い頃,急性腹症の患者は,所見が消えてしまうので診断がつくまでオピオイドを投与してはいけないと習った.筆者をはじめ多くの医師が,痛みに苦しむ患者を前に長々と問診や腹部診察をしてきたが,これは実に非人道的であった.現在,『急性腹症診療ガイドライン 2015』では,鎮痛をまっ先に行うべき処置としている.また,高血圧や糖尿病で外来に通ってくる患者が,足や腰の慢性痛を訴えることはしばしば経験する.内科医は,これを整形外科に丸投げするか,せいぜい湿布や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を処方して,それで終わりとすることが多い.しかし,たとえ整形外科的疾患であっても,その時点である程度の診断を絞り込み,最適な鎮痛処置を行うことが,主治医として大切な仕事ではないだろうか.
筆者自身は,これまで強い痛みを何度となく経験してきた.痛みは長年の好まざる客人である.いつも前触れなく突然やってきて,すぐに帰ることもあれば,長く居座ることもある.筆者にとって人生でいちばん最初の強烈な痛みは,バイクで自損事故を起こしたときの中足骨開放骨折の痛みである.キャンパス内で足をケガした筆者は,事務員さんに整形外科外来まで運んでもらったのだが,当時の准教授が傷を見るなりすぐに大量の消毒液をかけた.次の瞬間,脳天まで突き抜ける,まさに「ジュッ」と音が聞こえたような強烈な痛みを経験した.今でこそ,消毒液を直接創部にかけることはなくなったが,当時はこれが常識であった.また,大学院時代に,実験用のネズミ部屋の大掃除で殺菌用の紫外線ライトを磨いたことがあった.その日の晩,目玉がえぐられるような不快きわまる眼痛に襲われ,たまらず夜中に眼科の後輩を訪ねて行き,リドカインの点眼液をさしてもらうと魔法のように痛みが消えた.このとき,かすむ目で後輩が神のように見えたのを覚えている(この眼科医は後に大学教授になった).
痛みのない人生を送った人はいないだろう.しかし,多くの内科医が,かつて自分が痛みに苦しんだときのことを忘れてしまっている.たしかに痛みの中には慢性痛のように厄介で,難治性のものが多いが,患者は痛みを取ってほしくて受診しているのだ.痛みの問いかけに真摯に耳を傾けると,思わぬ診断や治療の糸口が見つかるかもしれない.
この本を書いた目的は2つある.それは,①痛みを内科診断学の最重要症候ととらえて診断に活用しよう,②痛みそのものの治療を積極的に行おう,ということである.本書は,整形外科やペインクリニックの解説書とは多くの点で異なる.主として一般内科医や研修医を対象としたものだ.取り扱う痛みの範囲が広く,特定部位の痛みに限定していない.なぜ痛いのか,痛みの病態は何なのかに注目し,診断そのものに痛みを利用しようという企画である.
本の内容としては,まず痛みのメカニズムをおさらいし,痛みの分類あるいは診断のポイントとなる原則を,症例をまじえて解説した.さらに,「外来で遭遇することが多い痛み」と「killer pain」については重要視した.特殊であるが,知っておかなくてはならない痛みも詳述した.また,内科医にとって不得手であるが大切な「痛みの治療」についても紙面をさいたつもりである.ただし,筆者自身,経験の少ない緩和医療は省いている.これについては,良書が多くあるのでそちらを参考としていただきたい.
それでは皆さん,「痛みの内科診断学」をめぐる旅にしばしお付き合い願いたい.この旅が終わる頃には,読者諸兄姉が「痛み」に対して親近感をもっていただけるものと信じている.
2020年3月
鍋島茂樹
痛みを和らげる鎮痛薬は,近年,さまざまなものが開発され,さらに適応疾患も広がりつつある.ところが内科医は,緩和医療を行っている一部の医師をのぞき,鎮痛にあまり気を使わないことが多い.筆者が若い頃,急性腹症の患者は,所見が消えてしまうので診断がつくまでオピオイドを投与してはいけないと習った.筆者をはじめ多くの医師が,痛みに苦しむ患者を前に長々と問診や腹部診察をしてきたが,これは実に非人道的であった.現在,『急性腹症診療ガイドライン 2015』では,鎮痛をまっ先に行うべき処置としている.また,高血圧や糖尿病で外来に通ってくる患者が,足や腰の慢性痛を訴えることはしばしば経験する.内科医は,これを整形外科に丸投げするか,せいぜい湿布や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を処方して,それで終わりとすることが多い.しかし,たとえ整形外科的疾患であっても,その時点である程度の診断を絞り込み,最適な鎮痛処置を行うことが,主治医として大切な仕事ではないだろうか.
筆者自身は,これまで強い痛みを何度となく経験してきた.痛みは長年の好まざる客人である.いつも前触れなく突然やってきて,すぐに帰ることもあれば,長く居座ることもある.筆者にとって人生でいちばん最初の強烈な痛みは,バイクで自損事故を起こしたときの中足骨開放骨折の痛みである.キャンパス内で足をケガした筆者は,事務員さんに整形外科外来まで運んでもらったのだが,当時の准教授が傷を見るなりすぐに大量の消毒液をかけた.次の瞬間,脳天まで突き抜ける,まさに「ジュッ」と音が聞こえたような強烈な痛みを経験した.今でこそ,消毒液を直接創部にかけることはなくなったが,当時はこれが常識であった.また,大学院時代に,実験用のネズミ部屋の大掃除で殺菌用の紫外線ライトを磨いたことがあった.その日の晩,目玉がえぐられるような不快きわまる眼痛に襲われ,たまらず夜中に眼科の後輩を訪ねて行き,リドカインの点眼液をさしてもらうと魔法のように痛みが消えた.このとき,かすむ目で後輩が神のように見えたのを覚えている(この眼科医は後に大学教授になった).
痛みのない人生を送った人はいないだろう.しかし,多くの内科医が,かつて自分が痛みに苦しんだときのことを忘れてしまっている.たしかに痛みの中には慢性痛のように厄介で,難治性のものが多いが,患者は痛みを取ってほしくて受診しているのだ.痛みの問いかけに真摯に耳を傾けると,思わぬ診断や治療の糸口が見つかるかもしれない.
この本を書いた目的は2つある.それは,①痛みを内科診断学の最重要症候ととらえて診断に活用しよう,②痛みそのものの治療を積極的に行おう,ということである.本書は,整形外科やペインクリニックの解説書とは多くの点で異なる.主として一般内科医や研修医を対象としたものだ.取り扱う痛みの範囲が広く,特定部位の痛みに限定していない.なぜ痛いのか,痛みの病態は何なのかに注目し,診断そのものに痛みを利用しようという企画である.
本の内容としては,まず痛みのメカニズムをおさらいし,痛みの分類あるいは診断のポイントとなる原則を,症例をまじえて解説した.さらに,「外来で遭遇することが多い痛み」と「killer pain」については重要視した.特殊であるが,知っておかなくてはならない痛みも詳述した.また,内科医にとって不得手であるが大切な「痛みの治療」についても紙面をさいたつもりである.ただし,筆者自身,経験の少ない緩和医療は省いている.これについては,良書が多くあるのでそちらを参考としていただきたい.
それでは皆さん,「痛みの内科診断学」をめぐる旅にしばしお付き合い願いたい.この旅が終わる頃には,読者諸兄姉が「痛み」に対して親近感をもっていただけるものと信じている.
2020年3月
鍋島茂樹
目次
■chapter 1 痛みからの問い?内科医はどう答えるか?
1.内科医が痛みを診るということ
A.痛みの患者は多いか?
B.内科医は痛み診療が苦手
2.痛みの2つの意義
A.危険回避装置
B.脳内イメージ
3.痛みの定義
4.痛みへのアプローチ
■chapter 2 痛みのメカニズムを知る?痛みはどこから来てどこへ行くのか?
1.痛み神経の成り立ち
2.痛みの旅路
A.旅の始まり〜侵害受容器〜
B.旅の乗り物〜末梢神経の活動電位〜
C.旅の中継点〜脊髄後角での痛みの受け渡し〜
D.終着駅〜中枢神経(脳)〜
3.下行性疼痛抑制系
4.まず炎症から始まる
A.戦いの始まり〜血管の反応〜
B.兵士の遊出〜白血球反応〜
C.敵との戦い〜起炎因子の排除〜
D.戦いの終わり〜炎症の制御と修復〜
E.炎症における疼痛の発生
■chapter 3 痛みを分類する〜痛みの由来を考えよう〜
1.痛みの由来分類①:炎症
A.急性痛
B.慢性痛・反復痛
2.痛みの由来分類②:内臓
A.内臓痛
B.関連痛
C.体性痛
3.痛みの由来分類③:神経
A.神経障害性疼痛
1 mononeuropathy(単神経障害)
2 polyneuropathy(多発神経障害)
B.絞扼性末梢神経障害
4.痛みの由来分類④:筋
A.筋と筋膜
B.筋硬直は痛みを増強する
5.痛みの由来分類⑤:脳
A.中枢性疼痛
B.心因性疼痛
coffee break 2人の巨人
■chapter 4 痛みを診断する〜問 診〜
1.問診(医療面接)
A.問診するにあたって
1 主 訴
2 信 頼
3 質問形式
4「3つのキョウ」
B.痛みのOPQRST
1「O」(onset)
2「P」(palliative and provocative factor)
3「Q」(quality and quantity)
4「R」(region and radiation)
5「S」(associated symptom)
6「T」(time course)
C.カルテに記述する
2.問診による初期診断
A.診断するとは何か
B.鑑別をあげる
coffee break 痛みの体験記〜虚血性大腸炎〜
■chapter 5 痛みを診断する〜身体診察と検査〜
1.身体診察でおさえておくこと
A.痛みの身体診察の原則
1 痛む部位をよく見る
2 痛みを再現する
B.バイタルサイン
2.一般診察と一般検査
A.頭 部
B.頸 部
1 咽喉頭
2 頸部リンパ節
3 甲状腺
4 後頸部
C.胸 部
1 筋骨格系
2 肺疾患
3 狭心症,急性心筋梗塞
4 大動脈解離
D.腹 部
1 視 診
2 聴 診
3 打 診
4 触 診
5 圧 痛
6 筋硬直と反跳痛
7 直腸診,その他
E.腰背部
1 下肢に麻痺や痛みがある腰痛
2 下肢に痛みがない腰痛
F.四 肢
1 四肢の解剖
2 関節痛
3 神経痛
coffee break 痛みの体験記〜ぎっくり腰〜
■chapter 6 痛みを癒す〜内科医による痛みの治療〜
1.痛みに用いる薬
A.炎症の抑制
1 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
2 ステロイド
B.活動電位の抑制
1 Naチャネル・ブロッカー(Naチャネル遮断薬)
2 Caチャネル・ブロッカー(Ca拮抗薬)
C.疼痛抑制系の賦活
1 アセトアミノフェン
2 セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
3 三環系抗うつ薬
4 オピオイド
D.漢方薬
1 治打撲一方
2 麻杏薏甘湯
3 桂枝加朮附湯
4 呉茱萸湯
5 四逆散
6 八味地黄丸
7 葛根湯
2.トリガーポイント注射
A.トリガーポイント注射とは
B.トリガーポイント注射の実際
1 対 象
2 トリガーポイント
3 手 技
4 効 果
3.痛み治療の流れ
A.急性痛
B.慢性痛
coffee break 漢方との出会い
■chapter 7 痛みの症例集〜その痛みにどう対処するか〜
症例1 不安と直感
症例2 しびれか痛みか?
症例3 ヘントウに窮する
症例4 関節の内と外
症例5 走る頭痛
症例6 見えぬホウシン
症例7 奥が深い腹痛
症例8 帰宅可能な急性腹症
症例9 涙の頭痛
症例10 男性特有の下腹部痛
coffee break Killer painの一撃
おわりに
索 引
1.内科医が痛みを診るということ
A.痛みの患者は多いか?
B.内科医は痛み診療が苦手
2.痛みの2つの意義
A.危険回避装置
B.脳内イメージ
3.痛みの定義
4.痛みへのアプローチ
■chapter 2 痛みのメカニズムを知る?痛みはどこから来てどこへ行くのか?
1.痛み神経の成り立ち
2.痛みの旅路
A.旅の始まり〜侵害受容器〜
B.旅の乗り物〜末梢神経の活動電位〜
C.旅の中継点〜脊髄後角での痛みの受け渡し〜
D.終着駅〜中枢神経(脳)〜
3.下行性疼痛抑制系
4.まず炎症から始まる
A.戦いの始まり〜血管の反応〜
B.兵士の遊出〜白血球反応〜
C.敵との戦い〜起炎因子の排除〜
D.戦いの終わり〜炎症の制御と修復〜
E.炎症における疼痛の発生
■chapter 3 痛みを分類する〜痛みの由来を考えよう〜
1.痛みの由来分類①:炎症
A.急性痛
B.慢性痛・反復痛
2.痛みの由来分類②:内臓
A.内臓痛
B.関連痛
C.体性痛
3.痛みの由来分類③:神経
A.神経障害性疼痛
1 mononeuropathy(単神経障害)
2 polyneuropathy(多発神経障害)
B.絞扼性末梢神経障害
4.痛みの由来分類④:筋
A.筋と筋膜
B.筋硬直は痛みを増強する
5.痛みの由来分類⑤:脳
A.中枢性疼痛
B.心因性疼痛
coffee break 2人の巨人
■chapter 4 痛みを診断する〜問 診〜
1.問診(医療面接)
A.問診するにあたって
1 主 訴
2 信 頼
3 質問形式
4「3つのキョウ」
B.痛みのOPQRST
1「O」(onset)
2「P」(palliative and provocative factor)
3「Q」(quality and quantity)
4「R」(region and radiation)
5「S」(associated symptom)
6「T」(time course)
C.カルテに記述する
2.問診による初期診断
A.診断するとは何か
B.鑑別をあげる
coffee break 痛みの体験記〜虚血性大腸炎〜
■chapter 5 痛みを診断する〜身体診察と検査〜
1.身体診察でおさえておくこと
A.痛みの身体診察の原則
1 痛む部位をよく見る
2 痛みを再現する
B.バイタルサイン
2.一般診察と一般検査
A.頭 部
B.頸 部
1 咽喉頭
2 頸部リンパ節
3 甲状腺
4 後頸部
C.胸 部
1 筋骨格系
2 肺疾患
3 狭心症,急性心筋梗塞
4 大動脈解離
D.腹 部
1 視 診
2 聴 診
3 打 診
4 触 診
5 圧 痛
6 筋硬直と反跳痛
7 直腸診,その他
E.腰背部
1 下肢に麻痺や痛みがある腰痛
2 下肢に痛みがない腰痛
F.四 肢
1 四肢の解剖
2 関節痛
3 神経痛
coffee break 痛みの体験記〜ぎっくり腰〜
■chapter 6 痛みを癒す〜内科医による痛みの治療〜
1.痛みに用いる薬
A.炎症の抑制
1 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
2 ステロイド
B.活動電位の抑制
1 Naチャネル・ブロッカー(Naチャネル遮断薬)
2 Caチャネル・ブロッカー(Ca拮抗薬)
C.疼痛抑制系の賦活
1 アセトアミノフェン
2 セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
3 三環系抗うつ薬
4 オピオイド
D.漢方薬
1 治打撲一方
2 麻杏薏甘湯
3 桂枝加朮附湯
4 呉茱萸湯
5 四逆散
6 八味地黄丸
7 葛根湯
2.トリガーポイント注射
A.トリガーポイント注射とは
B.トリガーポイント注射の実際
1 対 象
2 トリガーポイント
3 手 技
4 効 果
3.痛み治療の流れ
A.急性痛
B.慢性痛
coffee break 漢方との出会い
■chapter 7 痛みの症例集〜その痛みにどう対処するか〜
症例1 不安と直感
症例2 しびれか痛みか?
症例3 ヘントウに窮する
症例4 関節の内と外
症例5 走る頭痛
症例6 見えぬホウシン
症例7 奥が深い腹痛
症例8 帰宅可能な急性腹症
症例9 涙の頭痛
症例10 男性特有の下腹部痛
coffee break Killer painの一撃
おわりに
索 引
書評 1
清田雅智 先生(飯塚病院 総合診療科)
痛みは別名「第5のバイタルサイン」とも称され重要な臨床徴候とされている割に、臨床の現場で痛みの訴えにどうアプローチしてよいのか頭を抱える医師は多いだろう。ペインクリニックに通っている患者さんの中にも、痛みの診断を十分に受けないまま鎮痛薬だけを処方されてきたようにみえる人にも遭遇する。総合診療科に受診される痛みの患者さんの中には、心理社会的な問題が誘引の患者さんが実に多いことを著者は経験している。しかし、多くの医師は、医学部や研修医時代に痛みへの系統的なアプローチを学ばなかったのが実際ではなかろうか。
本書は、総合診療部の教授が、痛みに対してどのようにアプローチを試みるかを、自身の経験と学問的な見地を織り合わせて解説した良書である。特に痛みの由来を「炎症、内臓、神経、筋、脳」に分類して鑑別してゆくアプローチは実践的であり、評者も脳≒心理と置き換えて同じ思考で診察していることに気づいた。科学的な内容も踏まえた総論的な内容に加えて、系統的な身体診察のポイントや、10例の症例を基にしたアプローチは実践的な理解を助ける。著者自身の痛みの経験などを綴ったコラムは、身に染みる内容である。
「外科医のメスに相当する武器は、内科医においては内科診断学である」というのは至言である。伝統的内科診断学が細分化した医学領域を統合するように、痛みに対しても、神経学、麻酔科学、精神科学など複数の領域の知識を動員して分析し統合する必要がある。医療の細分化が、患者の痛みを分かりたくても理解できない医師を増やしているのかもしれない。「専門分野ではないので他の医師に紹介します」、や「とりあえずNSAIDs、抗痙攣薬などの鎮痛補助薬、ダメなら麻薬系」と処方をしても、患者は浮かばれないだろう。
著者の広範な知識に加えて、謙虚で真摯な診療への姿勢が本書から伝わってくる。痛みを訴える患者さんに接するときの姿勢としても大いに得るところがある。多くの若手の医師に一読を勧めたい。
痛みは別名「第5のバイタルサイン」とも称され重要な臨床徴候とされている割に、臨床の現場で痛みの訴えにどうアプローチしてよいのか頭を抱える医師は多いだろう。ペインクリニックに通っている患者さんの中にも、痛みの診断を十分に受けないまま鎮痛薬だけを処方されてきたようにみえる人にも遭遇する。総合診療科に受診される痛みの患者さんの中には、心理社会的な問題が誘引の患者さんが実に多いことを著者は経験している。しかし、多くの医師は、医学部や研修医時代に痛みへの系統的なアプローチを学ばなかったのが実際ではなかろうか。
本書は、総合診療部の教授が、痛みに対してどのようにアプローチを試みるかを、自身の経験と学問的な見地を織り合わせて解説した良書である。特に痛みの由来を「炎症、内臓、神経、筋、脳」に分類して鑑別してゆくアプローチは実践的であり、評者も脳≒心理と置き換えて同じ思考で診察していることに気づいた。科学的な内容も踏まえた総論的な内容に加えて、系統的な身体診察のポイントや、10例の症例を基にしたアプローチは実践的な理解を助ける。著者自身の痛みの経験などを綴ったコラムは、身に染みる内容である。
「外科医のメスに相当する武器は、内科医においては内科診断学である」というのは至言である。伝統的内科診断学が細分化した医学領域を統合するように、痛みに対しても、神経学、麻酔科学、精神科学など複数の領域の知識を動員して分析し統合する必要がある。医療の細分化が、患者の痛みを分かりたくても理解できない医師を増やしているのかもしれない。「専門分野ではないので他の医師に紹介します」、や「とりあえずNSAIDs、抗痙攣薬などの鎮痛補助薬、ダメなら麻薬系」と処方をしても、患者は浮かばれないだろう。
著者の広範な知識に加えて、謙虚で真摯な診療への姿勢が本書から伝わってくる。痛みを訴える患者さんに接するときの姿勢としても大いに得るところがある。多くの若手の医師に一読を勧めたい。
書評 2
「鍋島先生の痛みの思考過程が単著で学べる稀有な一冊」
志水太郎 先生(獨協医科大学病院 総合診療科)
著者の鍋島先生には自身が所属する日本病院総合診療医学会の総会の会場で数年前,お目にかかったのが初めてでした.その際,大学教授でこんなに物腰の柔らかい先生がいらっしゃるのか,というのが第一印象でした.同学会で鍋島先生が大会長を務められた学術総会のテーマは「内科診断学の復権」でしたが,その内科診断学への思いが痛みというトピックで昇華されたのが本書,というのが,評者が書籍を拝読したとき感じた第一印象でした.本書は単著であり,そのため「鍋島道場」ともいえる鍋島先生の世界観が展開されています.鍋島先生の文章は物語的で,まさに診断を大事にされる鍋島先生ならではの,映像化ができるような話の展開に序文から引き込まれます(ご自身のエピソードなど).続く本論では,痛みからの問い(痛みをどうとらえるか),痛みのメカニズム,痛みの分類,診断(病歴とフィジカル),治療に続き,10の症例と続いている包括的な内容となっています.章末に時々息抜きのように挟まれるコラムも,鍋島先生の実体験に基づく逸話が多く,共感を覚えるとともに,痛みのエピソードを理解する非常に良い勉強になります.
本書は単著であるため,どの章を通しても一貫して鍋島先生の思考が学べること,さらに鍋島先生の柔らかい語り口と豊富な具体例,さらに,読み進める中で読者がその思考過程を頭の中で再現できるような記載が,本書が学習者目線で痛みの学びを深めることができる内容になっているといえると思います.評者が読者の皆さんに特にお勧めしたい本書の勉強法は,最終章の症例集の前までの理論編を熟読したのちに,最後の症例集を「痛みへのアプローチ」という鍋島先生の解説を手で隠しながら「自分ならこう考える」と紙に思考過程や鑑別疾患を「書きながら(書くと自分に言い訳ができない!)」ステップごとに読み進めることです.こうすることで,自分自身がどのように考えたか(または,考えられなかったか)を手で隠された“鍋島先生のアプローチ”と比較して,自己デブリーフィングができると思います.
このように,1冊で理論と実践(しかも鍋島先生の思考過程!)を学べる痛みについての単著の本は,個人的にも余り拝見したことがありません.お薦めです!
志水太郎 先生(獨協医科大学病院 総合診療科)
著者の鍋島先生には自身が所属する日本病院総合診療医学会の総会の会場で数年前,お目にかかったのが初めてでした.その際,大学教授でこんなに物腰の柔らかい先生がいらっしゃるのか,というのが第一印象でした.同学会で鍋島先生が大会長を務められた学術総会のテーマは「内科診断学の復権」でしたが,その内科診断学への思いが痛みというトピックで昇華されたのが本書,というのが,評者が書籍を拝読したとき感じた第一印象でした.本書は単著であり,そのため「鍋島道場」ともいえる鍋島先生の世界観が展開されています.鍋島先生の文章は物語的で,まさに診断を大事にされる鍋島先生ならではの,映像化ができるような話の展開に序文から引き込まれます(ご自身のエピソードなど).続く本論では,痛みからの問い(痛みをどうとらえるか),痛みのメカニズム,痛みの分類,診断(病歴とフィジカル),治療に続き,10の症例と続いている包括的な内容となっています.章末に時々息抜きのように挟まれるコラムも,鍋島先生の実体験に基づく逸話が多く,共感を覚えるとともに,痛みのエピソードを理解する非常に良い勉強になります.
本書は単著であるため,どの章を通しても一貫して鍋島先生の思考が学べること,さらに鍋島先生の柔らかい語り口と豊富な具体例,さらに,読み進める中で読者がその思考過程を頭の中で再現できるような記載が,本書が学習者目線で痛みの学びを深めることができる内容になっているといえると思います.評者が読者の皆さんに特にお勧めしたい本書の勉強法は,最終章の症例集の前までの理論編を熟読したのちに,最後の症例集を「痛みへのアプローチ」という鍋島先生の解説を手で隠しながら「自分ならこう考える」と紙に思考過程や鑑別疾患を「書きながら(書くと自分に言い訳ができない!)」ステップごとに読み進めることです.こうすることで,自分自身がどのように考えたか(または,考えられなかったか)を手で隠された“鍋島先生のアプローチ”と比較して,自己デブリーフィングができると思います.
このように,1冊で理論と実践(しかも鍋島先生の思考過程!)を学べる痛みについての単著の本は,個人的にも余り拝見したことがありません.お薦めです!
書評 3
「痛み診療と3つのキョウ」
平島 修 先生(徳洲会奄美ブロック 総合診療研修センター)
はじめて著者の鍋島茂樹先生とお話しをさせていただいたとき,大学教授という立場で,研究・教育・教室のマネジメントだけでなく,一般外来・救急外来でも第一線で診療にあたられていると伺って,現代版ウィリアム・オスラーではないかと感じた.今回,鍋島先生が,内科医が苦手としがちな「痛み」に関する書籍を上梓され,楽しみに読ませていただいた.
本書で強調されている,痛み診療に必要な“3つのキョウ”「興味・共感・協力」を実践するのはほかの疾患に比べて難しい.「くも膜下出血の痛みはバットで殴られたような痛み」と教わったことがあるが,バットで殴られた経験者はほぼいないし,患者さんにそのまま「バットで殴られたような痛みですか」と聞くと,このお医者さん大丈夫か?と心配されかねない.試しに,自分の頭をバットで殴ってみようと思う人もいないだろう.「痛み」は患者を最も苦しめる症状であり,患者は誰でもいいからこの苦しみをとってほしいと思うが,医師はその痛みを経験したことがなく,同情はできても共感は容易ではない.そしてCTなどの検査異常のない痛みに対しては,患者の苦しみを軽視されがちになる.
では痛みに対して興味をもって共感し,協力するとはどういうことか.痛みの生理学的メカニズムを知り,解剖学的にアプローチして検討し,問診・身体診察から患者一人ひとり違うストーリーを引き出すことではないだろうか.痛いところはCT検査という短絡的診療では,3つのキョウはいずれもなされず,検査異常のない患者は痛み難民と化してしまう.本書は痛みのメカニズム・解剖学的考察,そして痛みを癒やす技まで丁寧に解説されており,「痛み」という学問への興味を強くそそられる.そして最後の症例集で,学んだ知識を現場でどう使っていくかという実例が提示されている.
痛みを学び,診療が楽しみになることが3つのキョウへの第一歩ではないだろうか.
【初掲】「レジデントノート」Vol.22 No.7(8月号)2020
平島 修 先生(徳洲会奄美ブロック 総合診療研修センター)
はじめて著者の鍋島茂樹先生とお話しをさせていただいたとき,大学教授という立場で,研究・教育・教室のマネジメントだけでなく,一般外来・救急外来でも第一線で診療にあたられていると伺って,現代版ウィリアム・オスラーではないかと感じた.今回,鍋島先生が,内科医が苦手としがちな「痛み」に関する書籍を上梓され,楽しみに読ませていただいた.
本書で強調されている,痛み診療に必要な“3つのキョウ”「興味・共感・協力」を実践するのはほかの疾患に比べて難しい.「くも膜下出血の痛みはバットで殴られたような痛み」と教わったことがあるが,バットで殴られた経験者はほぼいないし,患者さんにそのまま「バットで殴られたような痛みですか」と聞くと,このお医者さん大丈夫か?と心配されかねない.試しに,自分の頭をバットで殴ってみようと思う人もいないだろう.「痛み」は患者を最も苦しめる症状であり,患者は誰でもいいからこの苦しみをとってほしいと思うが,医師はその痛みを経験したことがなく,同情はできても共感は容易ではない.そしてCTなどの検査異常のない痛みに対しては,患者の苦しみを軽視されがちになる.
では痛みに対して興味をもって共感し,協力するとはどういうことか.痛みの生理学的メカニズムを知り,解剖学的にアプローチして検討し,問診・身体診察から患者一人ひとり違うストーリーを引き出すことではないだろうか.痛いところはCT検査という短絡的診療では,3つのキョウはいずれもなされず,検査異常のない患者は痛み難民と化してしまう.本書は痛みのメカニズム・解剖学的考察,そして痛みを癒やす技まで丁寧に解説されており,「痛み」という学問への興味を強くそそられる.そして最後の症例集で,学んだ知識を現場でどう使っていくかという実例が提示されている.
痛みを学び,診療が楽しみになることが3つのキョウへの第一歩ではないだろうか.
【初掲】「レジデントノート」Vol.22 No.7(8月号)2020