カテゴリー: 神経学/脳神経外科学 | 小児科学
てんかんの手術の正しい理解
1版
元 静岡てんかん・神経医療センター 診療部長 三原忠紘 著
定価
2,420円(本体 2,200円 +税10%)
- A5判 115頁
- 2013年10月 発行
- ISBN 978-4-525-24171-1
一生薬を飲み続けなければならないといったイメージすらあるてんかんだが,正しく適応を選べばてんかんの外科手術は非常に有効である.本書は,外科治療への不安がある医師そして患者本人や家族へ向けて,その適応や効果,合併症の危険など,てんかんの外科治療を正しく活用してもらうための情報をわかりやすく提供した一冊となっている.
- 序文
- 目次
- 書評
序文
てんかんの外科治療は,日本でも明治の終わり頃から行われていたが,近年のエレクトロニクスの進歩によって,ビデオによる発作の映像と脳波との同時記録がデジタル化され,診断装置としてはCTに次いでPET,SPECT,MRI,さらにはMEGが登場し,これらを活用すると発作の源(てんかん原性域)の診断が向上し,以前よりも格段に優れた成績が得られることがわかってきた.手術では顕微鏡が導入され,手術の方法にも改良がなされ,機能障害をきたさない精緻な手術が行われるようになっている.
ちなみに,MRIで海馬硬化を認める内側側頭葉てんかん(内側側頭葉てんかん症候群)は,大人の難治例を代表し,その手術はてんかん外科全体の50〜60%を占めるが,手術すると10人中の8人は発作からほとんど解放され,自立した有意義な生活を送ることができる.MRIで何らかの病変がみつかった症例も,内側側頭葉てんかん症候群に匹敵した優れた成績が得られる.その他でも手術でよくなる症例は多い.したがって今日,てんかん診療に精通した医師の間では,薬物治療ではどうにもならない症例に最後のよりどころとして外科治療を考えるというのではなく,発作が始まった段階でMRI検査は必ず行って,手術が可能な症例では早期から外科治療を視野に入れた診療がなされるべきであるという考え方に変わってきている.
しかし,現状はてんかん専門医の数が少なく,てんかん診療はプライマリ・ケアの一般臨床医の手に委ねられ,手術でよくなる症例であっても漫然と薬物治療が続けられていることが多い.てんかんの一般向け啓蒙書にも手術についての記述がみられるようになり,これは好ましいことであるが,それらは内科サイドの先生方によるものであり,表面的でどこか的を射ていない.一方,インターネットなどでは外科医による記事が氾濫し,そこには“低侵襲”“最先端”“革命的”“てんかんは手術で治る”といったキャッチ・フレーズが目につく.手術の必要性を強調するにしても,もう少し謙虚であったほうがよいように思われる.
外科治療は発作をよくするために行われる.しかし,発作をもった人の手術であり,リスク/ベネフィットやQOL(生活の質)といった微妙な問題の上に成り立っているので,包括医療の枠組みの中で行われるべきであり,それによって初めて外科治療の意義が生かされるように思われる.
私は静岡のてんかん専門施設(現:静岡てんかん・神経医療センター)で23年間,約750例の手術に携わってきた.2008年にはてんかん専門医を対象とした『脳の働きをうかがい知る—外科てんかん学入門』(創造出版)を上梓した.本書はこれらの経験を基に,患者・家族はもとより一般の医療従事者に向けて,てんかんの手術をわかりやすく,しかし詳しく解説したものであり,てんかん医療の正しい発展のために,いささかなりとも役立ってくれることを祈る.
なお,本書刊行にあたり,南山堂編集部のとくに佃和雅子氏と橘理恵氏には多大な御尽力を賜りました.この場を借りて厚く感謝申し上げます.
2013年8月
三原忠紘
ちなみに,MRIで海馬硬化を認める内側側頭葉てんかん(内側側頭葉てんかん症候群)は,大人の難治例を代表し,その手術はてんかん外科全体の50〜60%を占めるが,手術すると10人中の8人は発作からほとんど解放され,自立した有意義な生活を送ることができる.MRIで何らかの病変がみつかった症例も,内側側頭葉てんかん症候群に匹敵した優れた成績が得られる.その他でも手術でよくなる症例は多い.したがって今日,てんかん診療に精通した医師の間では,薬物治療ではどうにもならない症例に最後のよりどころとして外科治療を考えるというのではなく,発作が始まった段階でMRI検査は必ず行って,手術が可能な症例では早期から外科治療を視野に入れた診療がなされるべきであるという考え方に変わってきている.
しかし,現状はてんかん専門医の数が少なく,てんかん診療はプライマリ・ケアの一般臨床医の手に委ねられ,手術でよくなる症例であっても漫然と薬物治療が続けられていることが多い.てんかんの一般向け啓蒙書にも手術についての記述がみられるようになり,これは好ましいことであるが,それらは内科サイドの先生方によるものであり,表面的でどこか的を射ていない.一方,インターネットなどでは外科医による記事が氾濫し,そこには“低侵襲”“最先端”“革命的”“てんかんは手術で治る”といったキャッチ・フレーズが目につく.手術の必要性を強調するにしても,もう少し謙虚であったほうがよいように思われる.
外科治療は発作をよくするために行われる.しかし,発作をもった人の手術であり,リスク/ベネフィットやQOL(生活の質)といった微妙な問題の上に成り立っているので,包括医療の枠組みの中で行われるべきであり,それによって初めて外科治療の意義が生かされるように思われる.
私は静岡のてんかん専門施設(現:静岡てんかん・神経医療センター)で23年間,約750例の手術に携わってきた.2008年にはてんかん専門医を対象とした『脳の働きをうかがい知る—外科てんかん学入門』(創造出版)を上梓した.本書はこれらの経験を基に,患者・家族はもとより一般の医療従事者に向けて,てんかんの手術をわかりやすく,しかし詳しく解説したものであり,てんかん医療の正しい発展のために,いささかなりとも役立ってくれることを祈る.
なお,本書刊行にあたり,南山堂編集部のとくに佃和雅子氏と橘理恵氏には多大な御尽力を賜りました.この場を借りて厚く感謝申し上げます.
2013年8月
三原忠紘
目次
序章 日本のてんかん外科の現状
1.手術症例の数
2.包括医療の必要性
第1章 てんかん外科の歩み
1.てんかん学の夜明け
2.脳波の発見
3.CTの出現
4.日本の場合
第2章 てんかんとは何か
1.てんかん原性の形成
2.てんかんの定義
3.てんかんの分類
第3章 てんかんの発作症状
1.てんかん発作の分類
2.大脳の機能局在
3.手術と関連した主な発作症状
a 側頭領域から始まるもの
b 前頭前部領域から始まるもの
c 中心溝周囲領域から始まるもの
d 後部皮質領域から始まるもの
e 全般性の発作
第4章 てんかんの手術とはどういうものか
1.切除外科
a 病変切除術
b 皮質切除術
c 脳葉切除術
d 大脳半球切除術
e ガンマナイフ
2.緩和外科
a 軟膜下皮質多切術
b 脳梁離断術
c 迷走神経刺激療法
第5章 手術の対象になるてんかん
1.内側側頭葉てんかん症候群
2.限局性の病変による部分てんかん
a 大脳皮質形成障害
b 腫瘍性病変
c 血管奇形
d スタージ・ウェーバー症候群
e 結節性硬化症
f 視床下部過誤腫
g その他の限局性病変
3.一側半球の広範な病変による部分てんかん
a 片側けいれん片麻痺てんかん症候群
b ラスムッセン症候群
c 片側巨脳症
4.器質病変を認めない部分てんかん
5.一部の症候性全般てんかん
a ウエスト症候群
b レノックス・ガストー症候群
c ランドー・クレフナー症候群
d ミオクロニー失立発作てんかん
e 乳児重症ミオクロニーてんかん
第6章 手術適応の考え方
1.てんかんであることの弊害
2.薬物治療の限界
3.手術対象のグループ分け
4.手術のリスクとベネフィット
5.個別的な評価
6.包括的な医療施設との連携
第7章 検査と手術の進め方
1.ステップ1
a 発作間欠時の脳波と脳磁図
b 発作の記録・観察
c 画像診断
d 心理学的・精神医学的評価
2.頭蓋内脳波
a 電極の種類
b 頭蓋内脳波の実際
3.基本的な外科戦略
a ステップ1の評価と方針
b 内側側頭葉てんかん症候群の場合
c 器質病変が検出された症例の場合
d 器質病変を認めない症例の場合
e 全般てんかんの場合
f 手術の対象から除外されることがある症例
4.小児の手術の特殊性
第8章 手術して心配なことは何か
1.頭蓋内脳波の合併症
2.手術の合併症
3.手術に伴う機能障害
a 中心溝周囲領域の手術
b 前頭前部領域の手術
c 後部皮質領域の手術
d 側頭領域の手術
e 大脳半球切除術
f 脳梁離断術
第9章 手術で発作やQOLはどの程度よくなるか
1.術後発作の評価
2.長期の発作予後
3.QOLの改善
第10章 術後ケアの重要性
1.定期的な経過観察
2.再手術の可能性
3.心理・社会的側面
4.術後の薬物治療
1.手術症例の数
2.包括医療の必要性
第1章 てんかん外科の歩み
1.てんかん学の夜明け
2.脳波の発見
3.CTの出現
4.日本の場合
第2章 てんかんとは何か
1.てんかん原性の形成
2.てんかんの定義
3.てんかんの分類
第3章 てんかんの発作症状
1.てんかん発作の分類
2.大脳の機能局在
3.手術と関連した主な発作症状
a 側頭領域から始まるもの
b 前頭前部領域から始まるもの
c 中心溝周囲領域から始まるもの
d 後部皮質領域から始まるもの
e 全般性の発作
第4章 てんかんの手術とはどういうものか
1.切除外科
a 病変切除術
b 皮質切除術
c 脳葉切除術
d 大脳半球切除術
e ガンマナイフ
2.緩和外科
a 軟膜下皮質多切術
b 脳梁離断術
c 迷走神経刺激療法
第5章 手術の対象になるてんかん
1.内側側頭葉てんかん症候群
2.限局性の病変による部分てんかん
a 大脳皮質形成障害
b 腫瘍性病変
c 血管奇形
d スタージ・ウェーバー症候群
e 結節性硬化症
f 視床下部過誤腫
g その他の限局性病変
3.一側半球の広範な病変による部分てんかん
a 片側けいれん片麻痺てんかん症候群
b ラスムッセン症候群
c 片側巨脳症
4.器質病変を認めない部分てんかん
5.一部の症候性全般てんかん
a ウエスト症候群
b レノックス・ガストー症候群
c ランドー・クレフナー症候群
d ミオクロニー失立発作てんかん
e 乳児重症ミオクロニーてんかん
第6章 手術適応の考え方
1.てんかんであることの弊害
2.薬物治療の限界
3.手術対象のグループ分け
4.手術のリスクとベネフィット
5.個別的な評価
6.包括的な医療施設との連携
第7章 検査と手術の進め方
1.ステップ1
a 発作間欠時の脳波と脳磁図
b 発作の記録・観察
c 画像診断
d 心理学的・精神医学的評価
2.頭蓋内脳波
a 電極の種類
b 頭蓋内脳波の実際
3.基本的な外科戦略
a ステップ1の評価と方針
b 内側側頭葉てんかん症候群の場合
c 器質病変が検出された症例の場合
d 器質病変を認めない症例の場合
e 全般てんかんの場合
f 手術の対象から除外されることがある症例
4.小児の手術の特殊性
第8章 手術して心配なことは何か
1.頭蓋内脳波の合併症
2.手術の合併症
3.手術に伴う機能障害
a 中心溝周囲領域の手術
b 前頭前部領域の手術
c 後部皮質領域の手術
d 側頭領域の手術
e 大脳半球切除術
f 脳梁離断術
第9章 手術で発作やQOLはどの程度よくなるか
1.術後発作の評価
2.長期の発作予後
3.QOLの改善
第10章 術後ケアの重要性
1.定期的な経過観察
2.再手術の可能性
3.心理・社会的側面
4.術後の薬物治療
書評
てんかん外科を考える最良の書
井上有史 先生
(独立行政法人 国立病院機構 静岡てんかん・神経医療センター 院長)
まず,手にとってやさしい.平易に書かれていて読みやすい.読んでいると,脳について,てんかんについて,手術について,眼前に浮かびあがるようである.23年間にわたり,約750例のてんかん手術にかかわってきた著者の経験の蓄積がそうさせるのだろう.
薬物治療の次に外科治療があるのではなく,外科治療を包括的なてんかん医療の枠組みのなかに位置づけて手術適応を考える著者は,手術が可能かどうかは,発作の頻度や程度で判断するのではなく,患者の置かれている状況をよく把握し,手術が確かにQOLの改善につながるかどうかを見極める必要があると書く.このような見極めを,チームを組んでいる他職種の意見も取り入れて率先して行っていた.QOLの論文も書いた脳外科医は稀有である.
読者は読み進むにつれて「脳とは何だろう」,「てんかんとは何だろう」,「治療とは何だろう」と考えさせられる.
著者は,2008年に『脳の働きをうかがい知る─外科てんかん学入門』(創造出版)という書物を出版した.この本はしかし入門どころではなく,日本で初めてのてんかん外科専門書である.そこに著者は「脳の働きをうかがい知る」というタイトルをつけた.単に病変を取り除くだけではなく,てんかんと格闘しながら脳を学び,脳を考えながらてんかんを治した著者の姿勢がうかがえる.一方,本書は,てんかんのある人に長年寄り添った著者が,外科治療を通して,てんかんをもって生きる人を考えた本といえる.
本書は,てんかんに悩み,治療の選択肢として手術を考えようとしている人にとても役立つ.またてんかんのある人を支える周囲の人への指南書となる.一方,てんかん外科の初学者には,外科医の体温が感じられる格好の入門書である.てんかん医療に携わる人は共感をもって読め,一般の人は脳科学の本のように読めるだろう.
てんかんという病気にかかわるすべての人に薦めたい,実に内容の濃い,そして何よりも信頼できる一冊である.
井上有史 先生
(独立行政法人 国立病院機構 静岡てんかん・神経医療センター 院長)
まず,手にとってやさしい.平易に書かれていて読みやすい.読んでいると,脳について,てんかんについて,手術について,眼前に浮かびあがるようである.23年間にわたり,約750例のてんかん手術にかかわってきた著者の経験の蓄積がそうさせるのだろう.
薬物治療の次に外科治療があるのではなく,外科治療を包括的なてんかん医療の枠組みのなかに位置づけて手術適応を考える著者は,手術が可能かどうかは,発作の頻度や程度で判断するのではなく,患者の置かれている状況をよく把握し,手術が確かにQOLの改善につながるかどうかを見極める必要があると書く.このような見極めを,チームを組んでいる他職種の意見も取り入れて率先して行っていた.QOLの論文も書いた脳外科医は稀有である.
読者は読み進むにつれて「脳とは何だろう」,「てんかんとは何だろう」,「治療とは何だろう」と考えさせられる.
著者は,2008年に『脳の働きをうかがい知る─外科てんかん学入門』(創造出版)という書物を出版した.この本はしかし入門どころではなく,日本で初めてのてんかん外科専門書である.そこに著者は「脳の働きをうかがい知る」というタイトルをつけた.単に病変を取り除くだけではなく,てんかんと格闘しながら脳を学び,脳を考えながらてんかんを治した著者の姿勢がうかがえる.一方,本書は,てんかんのある人に長年寄り添った著者が,外科治療を通して,てんかんをもって生きる人を考えた本といえる.
本書は,てんかんに悩み,治療の選択肢として手術を考えようとしている人にとても役立つ.またてんかんのある人を支える周囲の人への指南書となる.一方,てんかん外科の初学者には,外科医の体温が感じられる格好の入門書である.てんかん医療に携わる人は共感をもって読め,一般の人は脳科学の本のように読めるだろう.
てんかんという病気にかかわるすべての人に薦めたい,実に内容の濃い,そして何よりも信頼できる一冊である.