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医療者のためのLGBTQ講座

1版

一般社団法人にじいろドクターズ/川崎協同病院 総合診療科/東京慈恵会医科大学 臨床疫学研究部 吉田絵理子 総編集
はりまメンタルクリニック 針間克己 編集
一般社団法人にじいろドクターズ/亀田ファミリークリニック館山 家庭医診療 科/東京慈恵会医科大学 臨床疫学研究部 金久保祐介 編集
一般社団法人にじいろドクターズ 久保田 希 編集
一般社団法人にじいろドクターズ/ほっちのロッヂの診療所 坂井雄貴 編集
一般社団法人にじいろドクターズ/河北家庭医療学センター 山下洋充 編集

定価

3,300(本体 3,000円 +税10%)


  • B5判  193頁
  • 2022年5月 発行
  • ISBN 978-4-525-21291-9

LGBTQフレンドリーな医療機関になるために

セクシュアリティと医療に関する知識を網羅した,学術的ベースに基づいた医学書.
性の多様性に関する医療者の知識不足や配慮の欠如は,LGBTQの人々の医療アクセスへの障壁となり,多様化する社会ではLGBTQフレンドリーな医療機関を目指すことが求められています.本書では,医療者に必要なセクシュアリティの基本的な知識や,医療面接・問診票など病院・診療所での具体的な対応法をまとめました.

  • 序文
  • 目次
  • 書評
序文
 20歳の時に母の墓石の前で「私は変態だ,どうやってこれから生きていったらいいのだろうか」と大泣きしたことがあります.自分の恋愛対象は女性なのだと気付いた時のことです.あれから約20年が経過し,本書を皆様のお手元にお届けでき,医師として,またセクシュアリティについて悩んできた1人として,感無量です.
 性の多様性と医療については,短時間の講演や,単発の原稿ではなかなか伝えきれません.もっと学びたいと声をかけてくれた医師に「まずこれを読めば,ある程度解決できる」という日本語の書籍が見当たらず困っていました.そんな折に,月刊誌『治療』で全20回の連載「ジェネラリストのためのLGBT講座」を掲載することができました.その内容をベースに,連載で扱えなかった項目も加え,本書が完成しました.様々な分野の第一線でご活躍され,ご多忙にも関わらず執筆くださった皆様に心より感謝を申し上げます.
 本書の前半では学術的ベースに基づいた医療的な知識,後半では様々な支援に携わる方々の実践知が示されています.著者の方々の力強い言葉により,LGBTQの人々の多様性が浮かび上がるような一冊となりました.医療現場で働くすべての方々,また医療系学生の教育に携わる教員の方々にも役立つ書籍になったと確信しています.
 40歳を超え,やっとセクシュアリティは人生を豊かにしてくれるものだと感じられるようになりましたが,そう思えないような経験も多々してきました.どんなセクシュアリティであっても「このように生まれてきて幸せだ」と思えるには,個人の努力ではどうにもならないことも多く,社会が変わっていく必要があります.社会を変えるというと大事に聞こえるかもしれませんが,はじめの一歩は知ることから始まります.本書が,医療者の方が性の多様性について知り学ぶための一助となることを,さらには,どのようなセクシュアリティの人でも当たり前に,日本全国どこででも安心して適切な医療を受けられる社会作りの一助となることを,心より願っています.

2022年2月
吉田絵理子
目次
第1章 総論
1.医療者がなぜLGBTQについて学ぶ必要があるのか(吉田絵理子)
2.性の多様性についての総論(坂井雄貴)
3.LGBTQに関する医療の歴史(石丸径一郎)

第2章 医療一般
4.問診・診察において配慮すべきこと(山下洋充)
5.病院・診療所単位で取り組むべきこと(金久保祐介)
6.special populationとしてのLGBTQ(久保田 希)

第3章 研究
7.LGBTQの健康課題─メンタルヘルスと受診状況─(日高庸晴)
8.LGBTQの健康課題─学齢期におけるいじめ被害・不登校・自傷行為・自殺未遂の現状─(日高庸晴)
9.日本におけるセクシュアルマイノリティ女性に関する研究(藤井ひろみ)

第4章 セクシュアリティ
10.ゲイ・バイセクシュアル男性の健康問題とケア(山下洋充)
11.セクシュアルマイノリティ女性の健康問題とケア(久保田 希)
12.トランスジェンダーのケア―診断,治療,性別適合手術・ホルモン療法―(針間克己)
13.トランスジェンダーのケア─一般の医療セッティング,紹介のタイミング─(坂井雄貴)
14.トランスジェンダーのケア─子ども─(康 純)
15.DSDs─体の性のさまざまな発達の新しい理解と臨床 ─(ヨ ヘイル)

第5章 ライフコース
16.子ども・思春期のケア―小児診療の立場から―(杉山由加里)
17.子ども・思春期の支援―支援者の立場から―(遠藤まめた)
18.老年期のケア(永易至文)

第6章 専門科の視点
19.メンタルヘルス(林 直樹)
20.物質使用障害(湯本洋介,嶋根卓也)
21.HIVを含む性感染症(谷口俊文)
22.LGBTIQAとIPV(岡田実穂)
23.婦人科の視点─婦人科診療,リプロダクティブ・ヘルス,ホルモン療法─(池袋 真,白土なほ子,関沢明彦)
24.泌尿器科の視点―セクシャルヘルス―(土岐紗理)

第7章 支援・啓発・教育
25.医学教育─医学生,看護学生,すべての医療を学ぶ学生にLGBTQについて教える─(青木昭子,原田芳巳)
26.職場としての配慮(村木真紀)
27.包括的性教育の実践(金久保祐介)
28.法律家の視点―人権・アドボカシー―(鈴木朋絵)

第8章 団体紹介
29.当事者支援の実践─家族へのケア・家族への配慮─(三輪美和子)
30.当事者支援の実践─複合的マイノリティの視点─(松本武士,武藤安紀)
31.当事者支援の実践─HIV陽性者への支援─(生島 嗣)
32.当事者支援の実践─ソーシャルワークの視点から─(桂木祥子)
33.当事者支援の実践─貧困,ハウジングファーストの取り組み─(金井 聡)

第9章 まとめ
34.結びとして─医療機関を変えていくためにできること─(吉田絵理子)

巻末付録
1.サポート団体
2.おすすめの映画,書籍,絵本,コミックス
3.さらに学びたい人向けの医学系の書籍・文献・ガイドライン

索 引
書評
岡田唯男(医療法人鉄蕉会 亀田ファミリークリニック館山)

 本書の重要性については本書の第1章「医療者がなぜLGBTQについて学ぶ必要があるのか」および本書全体を通じて一貫して書かれているため,重複は避けるが,要点をかいつまむと,

・日本人の1.6〜10%であり,気づいていないだけで,おそらく日常的に診療している
・社会構造によって生じる偏見や差別によってLGBTQの人々はさまざまな健康リスクにさらされやすい
・にもかかわらず,性の多様性に関する医療者の知識不足や配慮の欠如は,LGBTQ の人々の医療アクセスへの障壁の一端となり得る
・社会的排除(意図的にせよ悪意がないにせよ)は健康の社会的決定要因の1 つであり,その軽減,排除,根絶に医療者,社会が取り組むのは当たり前のことである

に集約されると思う.
 医療者がLGBTQの人々の健康リスク増加や,アクセス阻害という社会的排除に加担してしまっていることを示す事例として,本書のなかにこのようなエピソードがある.当事者や家族に対する電話相談の内容として「うつになって精神科クリニックに行ったが,そこで自分がゲイであることも話すと,医師から『うつはここで診られるが,ゲイであることは診られない』といわれた」という話.「診られない」というのはどういうことなのだろう.理由が,適切な知識不足,間違った知識,偏見など,どうあれ「診られない」という対応が当事者を深く傷つけたことになろう.
 LGBTQの人々は自殺などのメンタルヘルスのリスクはもちろん,適切ながん検診の受診割合が低い,特定のがんのリスクが高い,HIV などの性感染症のリスクがある,喫煙,問題飲酒,不適切な薬剤使用のリスクなど,さまざまな健康リスクの増加に曝されている(具体的には本書を参照されたい).健康の社会的決定要因(socialdeterminants of health:SDH)とは,個人または集団の健康状態に影響や格差をもたらす経済的,社会的状況のことであり,人々の健康への影響寄与度は,生物学的・遺伝学的素因やその人がどこでどのような医療を受けるか,といった要素よりも遥かに大きいとされ1),教育や所得,雇用など10 〜12 種類の因子のことを指すが(数は文献によって差あり),ここに社会的排除が含まれていることは無視できない2).
 そしてそれらSDHによって引き起こされる健康格差,および健康を害する経験は,「不平等に分布しており,これは,自然現象ではなく,不十分な社会政策,(富と健康をもつものがより裕福となり,それらをもたぬものがより貧しくなるという)不公平な経済的再分配,そして政治的な問題の「有毒な組み合わせ(toxic combination of)」の結果である」とされている3).
 現在のところ,住民の健康格差を軽減,より「公正な」健康アウトカムの向上に寄与するエビデンスが多く存在するのはプライマリ・ケアというシステムおよびその提供者だけとされているが4),そのメカニズムとしてプライマリ・ケアが不公平なアクセス制限の解消を通じて実現している部分が多いと考えられている.
 男女別のトイレしかないと,どちらに入ってもしっくりこない,いつも迷ってしまう,という人がそのようなトイレしかない医療機関に受診するだろうか? 性別欄に男/女しかない問診票に出くわすたびに,「これは生物学的になのか,性自認的になのか,性表現なのか,どれであったとしてもそもそも自分がどれにも当てはまるように思えない場合はどうすれば?」と迷い,それをたずねることすら憚られるような医療機関で,誰にも相談できないような健康問題を相談できるだろうか?

“『心』は誰にも見えないけれど,「こころづかい」は見える.『思い』は見えないけれど,『思いやり』は誰にでも見える”5)

 東南アジアで子どもの頭を撫でるという行為はしばしば,「こちらに悪意がなく,可愛らしいからと親愛の表現の意図だとしても」無礼に相当する.特定の国での宗教的建造物の観光はたとえ暑くても半袖半ズボンはNG.それを知っているか,知らないか,それだけで,意図しないトラブルや国際的問題に巻き込まれかねない.
 LGBTQの人たちを差別するつもりはない,医療者としてできることはしたい,と思っていても,それを表現する手段や方法が間違っていれば,間違った意図として受け取られてしまう可能性があり,それはお互いにとっての不幸でしかない.アメリカのユダヤ人作家,ホロコースト生還者で,ノーベル平和賞受賞者でもある,エリ・ヴィーゼルの言葉に,『愛の対義語は憎しみではなく無関心だ』がある.最近の調査で,日本の医学部でLGBTQのケアに関して行われている教育時間の中央値が0時間,平均値が1.4時間という現実で6),一体どのようにしてLGBTQの人々への適切なケアが提供できる医療者を育てるつもりなのだろうか?
 本書はひとまずの「過不足のない」対応と医療ができるための導入編から中級レベルまでの現時点の日本における最もまとめられた書籍といえるだろう.そして,LGBTQの人々へのアドボカシーとアクセス向上という観点で総論・各論的アプローチを学ぶことで,その他のspecial/vulnerable population(外国人,障害者,薬物依存など)への横展開が一気に容易となるという視点をもって手に取ることで,本書の価値は数倍に膨れ上がる.
 最近も議員が多数出席する会合で「同性愛は精神障害で依存症」という内容が書かれた冊子が配布されるなど,無知や誤解による極めて前近代的な考えが横行している日本で,本書に書かれている内容ぐらいのことは医療者だけでなく,すべての人に知っておいてもらいたい.そして,医療者であるわれわれが率先して,そのモデルを示し,啓発を行う先陣隊となることを願う.


参考文献
1) Remington PL,Catlin BB,Gennuso KP:The County Health Rankings:rationale and methods.Popul Health Metr,13:11,2015.
2) World Health Organization Europe,Wilkinson R,Marmot M(eds):The Social Determinants of Health:The Solid Facts 2nd Ed.2003.
3) World Health Organization:Closing the Gap in a Generation:Health Equity Through Action on the Social Determinants of Health.2008.
4) World Health Organization:Technical series on primary health care:Building the economic case for primary health care:a scoping review.2018.
5) 宮澤章二(著):新装版 行為の意味.ごま書房新社,東京,2018.
6) Yoshida E,Matsushima M,Okazaki F:Cross-sectional survey of education on LGBT content in medical schools in Japan.BMJ Open,12(5):e057573,2022.
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