向精神薬と妊娠・授乳
改訂3版
トロント小児病院小児科 臨床薬理/
トロント大学医学部小児科 教授 伊藤真也 編
国立成育医療研究センター
妊娠と薬情報センター センター長 村島温子 編
順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 院長 鈴木利人 編
定価
3,960円(本体 3,600円 +税10%)
- B5判 254頁
- 2023年4月 発行
- ISBN 978-4-525-38233-9
精神疾患を有する女性患者の妊娠・授乳を強力サポート!
向精神薬の豊富な有効性・安全性情報,症例解説など,精神疾患をもつ女性の妊娠・授乳への対応に必要な情報や知識をまとめました.また,改訂3版では,情報のアップデートを行うとともに,ガイドラインの動向,妊娠中ストレスの児に対する影響,多職種連携に関する解説などを加えました.
リスク・ベネフィットを考慮して向精神薬を適切に用いるために,精神科領域・産婦人科領域で即戦力となる一冊です.
- 序文
- 目次
- 書評1
- 書評2
序文
一人の女性がその年次の年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数,すなわち合計特殊出生率は,第二次ベビーブームが終わった1975年に2を切ってから下がりはじめ,少子化が社会問題として提起されるようになった.しかし,その後改善するどころかさらに低下を続け,最近の30年間は1.4前後を推移,2020年以降のコロナ禍によりその傾向に拍車がかかり,2022年には再び1.3を切る見込みである.
あるシンクタンクが行った調査で,女性が希望通りに子どもを産めない理由として,出産育児に伴う経済的な問題や不妊,女性が抱える健康問題などが挙げられていた.前二者については社会的にも認知され,それらに呼応する対策として出産費の補助や,不妊治療の保険適用などの社会的政策に力が注がれてきている.後者には慢性疾患をもつ女性が含まれる.そのような女性たちが妊娠に踏み切れない理由のなかで最も多いのが「薬剤の児への影響が心配」というものである.この問題解決をすぐに社会や政策に求めることはできない.解決できるのは患者を診ている臨床現場の医療者である.
妊娠希望ないしは妊娠中の女性であっても適切な治療をうけられ,根拠のない不安をもち続けることや不要な中絶を選択しない環境を作ることを目的として,妊娠と薬情報センターが開設された.現在全国56ヵ所にある拠点病院とともに「妊娠と薬外来」を行っているが,その相談薬の中で最も多いのは向精神薬で,その割合は年々増加している.
このような状況にあって,2014年に周産期メンタルヘルスケアと周産期薬理学の国内外のリーダーが集結して執筆した本書が登場したことの意義は大きく,この分野の医療者の意識変革に大きく寄与したことは疑いの余地はない.それから8年,この間にも新薬の登場や新たなエビデンスの発表など,当該分野の進化に合わせ第3版の出版を望む声を多く頂いた.前版までと同様,本書が母児にとって最適な薬物治療を行うための羅針盤となり,母児の健やかな未来を紡ぐ一助となることを願っている.
最後にご多忙の中,執筆・監修に関わったすべての先生方,編集にご尽力いただいた南山堂の山田氏,江石氏に深謝する.
2023年3月
編者を代表して 村島温子
あるシンクタンクが行った調査で,女性が希望通りに子どもを産めない理由として,出産育児に伴う経済的な問題や不妊,女性が抱える健康問題などが挙げられていた.前二者については社会的にも認知され,それらに呼応する対策として出産費の補助や,不妊治療の保険適用などの社会的政策に力が注がれてきている.後者には慢性疾患をもつ女性が含まれる.そのような女性たちが妊娠に踏み切れない理由のなかで最も多いのが「薬剤の児への影響が心配」というものである.この問題解決をすぐに社会や政策に求めることはできない.解決できるのは患者を診ている臨床現場の医療者である.
妊娠希望ないしは妊娠中の女性であっても適切な治療をうけられ,根拠のない不安をもち続けることや不要な中絶を選択しない環境を作ることを目的として,妊娠と薬情報センターが開設された.現在全国56ヵ所にある拠点病院とともに「妊娠と薬外来」を行っているが,その相談薬の中で最も多いのは向精神薬で,その割合は年々増加している.
このような状況にあって,2014年に周産期メンタルヘルスケアと周産期薬理学の国内外のリーダーが集結して執筆した本書が登場したことの意義は大きく,この分野の医療者の意識変革に大きく寄与したことは疑いの余地はない.それから8年,この間にも新薬の登場や新たなエビデンスの発表など,当該分野の進化に合わせ第3版の出版を望む声を多く頂いた.前版までと同様,本書が母児にとって最適な薬物治療を行うための羅針盤となり,母児の健やかな未来を紡ぐ一助となることを願っている.
最後にご多忙の中,執筆・監修に関わったすべての先生方,編集にご尽力いただいた南山堂の山田氏,江石氏に深謝する.
2023年3月
編者を代表して 村島温子
目次
第1章 妊娠・授乳期に関する基礎知識の整理
1 母性内科領域の基礎知識
・妊婦への薬剤投与
・妊娠可能年齢の女性への薬物治療の実際
・薬剤の母乳への移行性と乳児に与える影響
・母乳育児のメリット
2 添付文書情報の捉え方
・添付文書の記載要領
・旧記載要領に基づく妊娠・授乳期に関連する添付文書情報の問題点・限界
・新記載要領に基づく妊娠・授乳期に関連する添付文書情報の評価
3 妊娠・出産による精神状態への影響とトータルケア
・妊娠・出産による精神状態への影響
・トータルケア
4 周産期における飲酒・喫煙の影響
・アルコール
・タバコ
第2章 向精神薬投与と妊娠・出産・育児
1 妊娠と薬情報センターにおける向精神薬相談事例
・相談者の過半数が向精神薬を使用していた
・バルプロ酸ナトリウムについての相談
・向精神薬を使用していた女性の飲酒・喫煙率および薬物乱用
・授乳中の薬剤についての相談
2 挙児希望者・妊産婦に対する向精神薬の適正使用への対応―患者・家族とのリスクコミュニケーション―
・妊孕性を有する患者には,プレコンセプションケアとして妊娠前に話し合いの機会をもつ
・偶発的に妊娠が判明した際には,患者の心情を察することからはじまる
・妊娠前および妊娠判明時の相談に「説明すべきこと」を整理しておく
・薬物療法を中断した際の精神疾患の再燃やそれに伴う母児のリスクについて理解する
・添付文書の内容を説明するとともに,ガイドラインを参照し対応する
・患者・家族に理解しやすく説明できるように工夫する
3 妊婦における向精神薬の薬物動態と処方設計
・妊婦における薬物治療の必要性
・妊娠中の生理変化と薬物動態
・妊娠中の薬物動態変化の臨床的な解釈
・TDM
4 向精神薬服用による出生後の疾患と発達の予後
・新生児不適応症候群
・母体SSRI服用と新生児遷延性肺高血圧症
・母体SSRI服用と自閉スペクトラム症
・バルプロ酸ナトリウムと認知機能への影響
・新生児出血傾向と抗てんかん発作薬
5 向精神薬の胎児毒性と情報提供上の留意点
・向精神薬服用のリスクに対する女性の考え
・治療中断のリスク
・催奇形性の説明
・新生児期の症状
・神経行動先天異常
6 わが国におけるガイドラインの動向
・「産婦人科診療ガイドライン―産科編」における向精神薬の取り扱い
・精神疾患に特化したガイドの作成の経緯
・「精神疾患を合併した,あるいは合併の可能性のある妊産婦診療ガイド」における向精神薬の取り扱い
7 向精神薬の児への影響に関する基礎研究
・抗精神病薬
・抗うつ薬
・気分安定薬(炭酸リチウム)
・抗てんかん発作薬(抗てんかん薬):VPA
第3章 向精神薬の薬剤情報と有益性・危険性の考え方
1 SSRI・SNRI・NaSSA
・妊婦・授乳婦への有益性
・妊娠期
・授乳期
2 三環系・四環系抗うつ薬
・妊娠期
・授乳期
3 炭酸リチウム
・妊娠期におけるリチウムの催奇形性
・妊娠期におけるリチウムの産科合併症および胎児・新生児への影響
・産後のリチウム服用と授乳の両立の問題
4 抗不安薬
・妊娠期
・授乳期
5 睡眠薬
・妊娠期
・授乳期
6 第一世代抗精神病薬
・第一世代抗精神病薬
・抗コリン性抗パーキンソン病薬
7 第二世代抗精神病薬
・妊娠期
・授乳期
8 抗てんかん発作薬(抗てんかん薬)
・抗てんかん発作薬の胎児への影響
・妊娠中の抗てんかん発作薬の薬物動態
・授 乳
第4章 周産期メンタルヘルスに必要な知識
1 産褥精神病
・診断学的な位置づけ
・双極性障害との関連
・近年の報告
・治 療
2 産後うつ病
・概念に関する歴史的変遷
・DSM-5における産後うつ病の位置づけ
・近年の大規模研究による産後うつ病の特徴
・薬物治療の特性から考える産後うつ病の特徴
・産後うつ病の対応の留意点
3 妊娠中のストレスと児への影響
・児の神経発達
・児の喘息とアトピー性皮膚炎
・胎児の感受性が強い妊娠期
・児の性別による感受性
・DOHaD学説による妊婦のストレスなどが児に影響を与える機序
4 特定妊婦と胎児虐待
・特定妊婦
・胎児虐待
5 多職種連携
・周産期メンタルヘルスに関わる多職種
・だれが周産期メンタル不調をピックアップするのか?
・母子保健医療から精神科医療への連携
・精神科医療につなぐ目安と,精神科側の支援方法
第5章 症例から学ぶ ― 精神症状のコントロールと妊娠・授乳
1 統合失調症
・統合失調症とは
・統合失調症を有する妊婦の臨床における問題点
・統合失調症が妊婦や胎児に与える影響
・統合失調症と産後の精神症状
・抗精神病薬と妊娠・授乳
・統合失調症を有する妊産婦の治療の原則
・統合失調症の薬物治療におけるガイドラインやガイド
・症 例
2 うつ病
・うつ病とは
・うつ病の妊娠期・授乳期における特徴,注意点
・プレコンセプションケア
・うつ病の妊娠期・授乳期における薬物療法
・妊娠期・授乳期におけるうつ病症例
3 双極性障害
・双極性障害の症状,疫学,治療
・周産期の病状と留意点
・プレコンセプションケア,⼼理教育と周産期の治療方針の決定
・症 例
4 不安症・強迫症
・不安症
・強迫症
・症例1(不安症)
・症例2(強迫症)
5 摂食障害
・摂食障害の概念と症状
・摂食障害に対する薬物療法
・摂食障害に併存する精神疾患や薬物療法
・摂食障害患者の妊娠・授乳期における心身の問題と薬物療法の注意点
・症例(計画妊娠の事例)
6 アルコール依存
・女性と飲酒の疫学
・女性への飲酒が及ぼす影響
・妊娠中の飲酒の胎児への影響
・授乳へのアルコールの影響
・妊産婦へのアルコール依存治療薬剤選択
・どうマネジメントするか
・症例(ブリーフインターベンションからアルコール依存症専門治療につながった妊娠希望の女性例)
7 発達症
・発達特性に起因する困難さ
・二次的な影響
・妊娠中のSSRIとSNRIの影響
・症 例
8 てんかん
・挙児を希望するWWEを診療する上で踏まえておくべき事項
・てんかん合併妊娠の治療戦略
・症例1(計画妊娠の事例)
・症例2(妊娠中に抗てんかん発作薬の用量調節を要した事例)
9 ボンディング障害
・定義と評価
・症状と発症時期
・成 因
・虐待との関連
・ボンディング障害の治療・介入・予防
・症例(産褥期のボンディング障害に対する医療と地域における連携支援事例)
索 引
1 母性内科領域の基礎知識
・妊婦への薬剤投与
・妊娠可能年齢の女性への薬物治療の実際
・薬剤の母乳への移行性と乳児に与える影響
・母乳育児のメリット
2 添付文書情報の捉え方
・添付文書の記載要領
・旧記載要領に基づく妊娠・授乳期に関連する添付文書情報の問題点・限界
・新記載要領に基づく妊娠・授乳期に関連する添付文書情報の評価
3 妊娠・出産による精神状態への影響とトータルケア
・妊娠・出産による精神状態への影響
・トータルケア
4 周産期における飲酒・喫煙の影響
・アルコール
・タバコ
第2章 向精神薬投与と妊娠・出産・育児
1 妊娠と薬情報センターにおける向精神薬相談事例
・相談者の過半数が向精神薬を使用していた
・バルプロ酸ナトリウムについての相談
・向精神薬を使用していた女性の飲酒・喫煙率および薬物乱用
・授乳中の薬剤についての相談
2 挙児希望者・妊産婦に対する向精神薬の適正使用への対応―患者・家族とのリスクコミュニケーション―
・妊孕性を有する患者には,プレコンセプションケアとして妊娠前に話し合いの機会をもつ
・偶発的に妊娠が判明した際には,患者の心情を察することからはじまる
・妊娠前および妊娠判明時の相談に「説明すべきこと」を整理しておく
・薬物療法を中断した際の精神疾患の再燃やそれに伴う母児のリスクについて理解する
・添付文書の内容を説明するとともに,ガイドラインを参照し対応する
・患者・家族に理解しやすく説明できるように工夫する
3 妊婦における向精神薬の薬物動態と処方設計
・妊婦における薬物治療の必要性
・妊娠中の生理変化と薬物動態
・妊娠中の薬物動態変化の臨床的な解釈
・TDM
4 向精神薬服用による出生後の疾患と発達の予後
・新生児不適応症候群
・母体SSRI服用と新生児遷延性肺高血圧症
・母体SSRI服用と自閉スペクトラム症
・バルプロ酸ナトリウムと認知機能への影響
・新生児出血傾向と抗てんかん発作薬
5 向精神薬の胎児毒性と情報提供上の留意点
・向精神薬服用のリスクに対する女性の考え
・治療中断のリスク
・催奇形性の説明
・新生児期の症状
・神経行動先天異常
6 わが国におけるガイドラインの動向
・「産婦人科診療ガイドライン―産科編」における向精神薬の取り扱い
・精神疾患に特化したガイドの作成の経緯
・「精神疾患を合併した,あるいは合併の可能性のある妊産婦診療ガイド」における向精神薬の取り扱い
7 向精神薬の児への影響に関する基礎研究
・抗精神病薬
・抗うつ薬
・気分安定薬(炭酸リチウム)
・抗てんかん発作薬(抗てんかん薬):VPA
第3章 向精神薬の薬剤情報と有益性・危険性の考え方
1 SSRI・SNRI・NaSSA
・妊婦・授乳婦への有益性
・妊娠期
・授乳期
2 三環系・四環系抗うつ薬
・妊娠期
・授乳期
3 炭酸リチウム
・妊娠期におけるリチウムの催奇形性
・妊娠期におけるリチウムの産科合併症および胎児・新生児への影響
・産後のリチウム服用と授乳の両立の問題
4 抗不安薬
・妊娠期
・授乳期
5 睡眠薬
・妊娠期
・授乳期
6 第一世代抗精神病薬
・第一世代抗精神病薬
・抗コリン性抗パーキンソン病薬
7 第二世代抗精神病薬
・妊娠期
・授乳期
8 抗てんかん発作薬(抗てんかん薬)
・抗てんかん発作薬の胎児への影響
・妊娠中の抗てんかん発作薬の薬物動態
・授 乳
第4章 周産期メンタルヘルスに必要な知識
1 産褥精神病
・診断学的な位置づけ
・双極性障害との関連
・近年の報告
・治 療
2 産後うつ病
・概念に関する歴史的変遷
・DSM-5における産後うつ病の位置づけ
・近年の大規模研究による産後うつ病の特徴
・薬物治療の特性から考える産後うつ病の特徴
・産後うつ病の対応の留意点
3 妊娠中のストレスと児への影響
・児の神経発達
・児の喘息とアトピー性皮膚炎
・胎児の感受性が強い妊娠期
・児の性別による感受性
・DOHaD学説による妊婦のストレスなどが児に影響を与える機序
4 特定妊婦と胎児虐待
・特定妊婦
・胎児虐待
5 多職種連携
・周産期メンタルヘルスに関わる多職種
・だれが周産期メンタル不調をピックアップするのか?
・母子保健医療から精神科医療への連携
・精神科医療につなぐ目安と,精神科側の支援方法
第5章 症例から学ぶ ― 精神症状のコントロールと妊娠・授乳
1 統合失調症
・統合失調症とは
・統合失調症を有する妊婦の臨床における問題点
・統合失調症が妊婦や胎児に与える影響
・統合失調症と産後の精神症状
・抗精神病薬と妊娠・授乳
・統合失調症を有する妊産婦の治療の原則
・統合失調症の薬物治療におけるガイドラインやガイド
・症 例
2 うつ病
・うつ病とは
・うつ病の妊娠期・授乳期における特徴,注意点
・プレコンセプションケア
・うつ病の妊娠期・授乳期における薬物療法
・妊娠期・授乳期におけるうつ病症例
3 双極性障害
・双極性障害の症状,疫学,治療
・周産期の病状と留意点
・プレコンセプションケア,⼼理教育と周産期の治療方針の決定
・症 例
4 不安症・強迫症
・不安症
・強迫症
・症例1(不安症)
・症例2(強迫症)
5 摂食障害
・摂食障害の概念と症状
・摂食障害に対する薬物療法
・摂食障害に併存する精神疾患や薬物療法
・摂食障害患者の妊娠・授乳期における心身の問題と薬物療法の注意点
・症例(計画妊娠の事例)
6 アルコール依存
・女性と飲酒の疫学
・女性への飲酒が及ぼす影響
・妊娠中の飲酒の胎児への影響
・授乳へのアルコールの影響
・妊産婦へのアルコール依存治療薬剤選択
・どうマネジメントするか
・症例(ブリーフインターベンションからアルコール依存症専門治療につながった妊娠希望の女性例)
7 発達症
・発達特性に起因する困難さ
・二次的な影響
・妊娠中のSSRIとSNRIの影響
・症 例
8 てんかん
・挙児を希望するWWEを診療する上で踏まえておくべき事項
・てんかん合併妊娠の治療戦略
・症例1(計画妊娠の事例)
・症例2(妊娠中に抗てんかん発作薬の用量調節を要した事例)
9 ボンディング障害
・定義と評価
・症状と発症時期
・成 因
・虐待との関連
・ボンディング障害の治療・介入・予防
・症例(産褥期のボンディング障害に対する医療と地域における連携支援事例)
索 引
書評1
松尾幸治(埼玉医科大学医学部精神医学 教授)
本書の初版が出版されたのは2014年9月で,それと機を同じくして,2014 年11 月に日本周産期メンタルヘルス学会が設立された.この頃から,わが国では精神疾患と周産期の関係についての関心が高まり,2017年にこの学会のコンセンサスガイドが発表され,日本精神神経学会と日本産婦人科学会が「精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド」の総論編(2020年),各論編(2022年)を発表した.こうしてみると,本書はこの分野のパイオニア的存在であり,執筆者の先見の明には頭が下がるばかりである.そして,この度第3版が出版され大変嬉しく思っている.
旧版とくらべ第3版にいくつか大きく改変されている.特記すべき一つには「周産期メンタルヘルスに必要な知識」をいう章が追加されたことである.評者は,最近所属先でメンタル不調をもつ妊婦について産科からのコンサルテーション窓口になっている.その経験からも,この章に挙げられている周産期特有の精神状態について整理してくれたのは患者・家族への説明に役立つばかりでなく産科とのコミュニケーションを円滑にさせてくれる.さらに特筆すべきは,「挙児希望者・妊産婦に対する向精神薬の適正使用への対応」で,旧版とタイトルはほぼ同じものの,内容が大きく変わり,プレコンセプションケアを中心に,薬剤の問題も含め妊娠前に患者・家族・医療者がよく話し合うことの大切さに力点が置かれたことである.またその相談時の説明に漏れがないように説明すべき項目を列挙してくれており,実践的である.
患者さんに「子どもがほしいのですが」,「妊娠したかもしれません」といわれても,本書があればうろたえることなく冷静に対応できることは間違いないだろう.いまだに,「妊娠したとわかったら薬を全て止めさせられた」といって精神疾患をもつ妊婦さんが受診される.そうした過去の慣習を変える大きな力を本書は持っていると確信している.
本書の初版が出版されたのは2014年9月で,それと機を同じくして,2014 年11 月に日本周産期メンタルヘルス学会が設立された.この頃から,わが国では精神疾患と周産期の関係についての関心が高まり,2017年にこの学会のコンセンサスガイドが発表され,日本精神神経学会と日本産婦人科学会が「精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド」の総論編(2020年),各論編(2022年)を発表した.こうしてみると,本書はこの分野のパイオニア的存在であり,執筆者の先見の明には頭が下がるばかりである.そして,この度第3版が出版され大変嬉しく思っている.
旧版とくらべ第3版にいくつか大きく改変されている.特記すべき一つには「周産期メンタルヘルスに必要な知識」をいう章が追加されたことである.評者は,最近所属先でメンタル不調をもつ妊婦について産科からのコンサルテーション窓口になっている.その経験からも,この章に挙げられている周産期特有の精神状態について整理してくれたのは患者・家族への説明に役立つばかりでなく産科とのコミュニケーションを円滑にさせてくれる.さらに特筆すべきは,「挙児希望者・妊産婦に対する向精神薬の適正使用への対応」で,旧版とタイトルはほぼ同じものの,内容が大きく変わり,プレコンセプションケアを中心に,薬剤の問題も含め妊娠前に患者・家族・医療者がよく話し合うことの大切さに力点が置かれたことである.またその相談時の説明に漏れがないように説明すべき項目を列挙してくれており,実践的である.
患者さんに「子どもがほしいのですが」,「妊娠したかもしれません」といわれても,本書があればうろたえることなく冷静に対応できることは間違いないだろう.いまだに,「妊娠したとわかったら薬を全て止めさせられた」といって精神疾患をもつ妊婦さんが受診される.そうした過去の慣習を変える大きな力を本書は持っていると確信している.
書評2
板倉敦夫(順天堂大学 産婦人科学講座)
最近,合併症をもつ女性の妊娠・出産が増加しただけでなく,合併症による母児への影響を最小限に抑える事例も多く報告されるようになった.これら予後の改善に関わるキーワードは,「適切な情報の活用」にほかならない.「産婦人科診療ガイドライン産科編」の普及や「妊娠と薬情報センター」の開設などによって,膨大な医療情報から有益な情報を抽出・統合し,発信されたものを,診療に活用した結果ともいえる.
合併症妊娠のなかで,対応が最も難しいのが,本書の対象である向精神薬を使用する精神・神経疾患である.疾患だけでなく使用する医薬品も多岐にわたり,胎児への影響が明らかとなっている医薬品,高い母乳移行率を示す医薬品も含まれている.さらに60 年前のサリドマイドによる薬害が,いまだに暗い影を落としている.とはいえ,向精神薬を安易に避けた管理では,原病の増悪にとどまらず子どもたちにも悪影響が及ぶなど,ガイドラインや薬の情報のみでは,この領域の妊娠への適切な対応は期待できない.こうした領域の特殊性が,1 冊の書としてまとめたゆえんであるに違いない.多角的に俯瞰できる本書は,精神・神経疾患領域に関わる医療者に一条の光明を与えてくれることであろう.
研修中で,この領域の勉強を始めた医師やメディカルスタッフは,まず総論である第1 章をじっくり読んでいただきたい.妊婦・授乳婦への医薬品投与の一般論から,精神・神経疾患患者へ投与する際の基礎知識が書かれており,この領域に精通したエキスパートの文章は腑に落ちる点も多いであろう.第3 章の医薬品の各論については,小生も熟読はしていない.アウトラインだけを確認して,診察中に手の届く場所に置いておく.どのような内容が書かれているか事前に把握しておくだけで,実際には当事者と内容を確認しながら,方針決定に利用する.第2,4 章では本格的な知識が増加・再確認できるので,気になる当事者がいた日は手に取って読み物として利用している.第5 章は,臨場感もありドキュメンタリーを読むような感覚となった.
本書は初版から10 年弱ですでに第3 版の刊行である.日進月歩の医療情報に常にアップデートしているだけでなく,版を重ねて診療に役立つ本として,洗練されてきている.当事者と常に対峙しているエキスパートの執筆だからこそ,読者の心を打つ書になっているのであろう.本書は,読者に疾患や医薬品の情報を提供してくれるガイドではなく,学問に立脚した指南書なのである.
最近,合併症をもつ女性の妊娠・出産が増加しただけでなく,合併症による母児への影響を最小限に抑える事例も多く報告されるようになった.これら予後の改善に関わるキーワードは,「適切な情報の活用」にほかならない.「産婦人科診療ガイドライン産科編」の普及や「妊娠と薬情報センター」の開設などによって,膨大な医療情報から有益な情報を抽出・統合し,発信されたものを,診療に活用した結果ともいえる.
合併症妊娠のなかで,対応が最も難しいのが,本書の対象である向精神薬を使用する精神・神経疾患である.疾患だけでなく使用する医薬品も多岐にわたり,胎児への影響が明らかとなっている医薬品,高い母乳移行率を示す医薬品も含まれている.さらに60 年前のサリドマイドによる薬害が,いまだに暗い影を落としている.とはいえ,向精神薬を安易に避けた管理では,原病の増悪にとどまらず子どもたちにも悪影響が及ぶなど,ガイドラインや薬の情報のみでは,この領域の妊娠への適切な対応は期待できない.こうした領域の特殊性が,1 冊の書としてまとめたゆえんであるに違いない.多角的に俯瞰できる本書は,精神・神経疾患領域に関わる医療者に一条の光明を与えてくれることであろう.
研修中で,この領域の勉強を始めた医師やメディカルスタッフは,まず総論である第1 章をじっくり読んでいただきたい.妊婦・授乳婦への医薬品投与の一般論から,精神・神経疾患患者へ投与する際の基礎知識が書かれており,この領域に精通したエキスパートの文章は腑に落ちる点も多いであろう.第3 章の医薬品の各論については,小生も熟読はしていない.アウトラインだけを確認して,診察中に手の届く場所に置いておく.どのような内容が書かれているか事前に把握しておくだけで,実際には当事者と内容を確認しながら,方針決定に利用する.第2,4 章では本格的な知識が増加・再確認できるので,気になる当事者がいた日は手に取って読み物として利用している.第5 章は,臨場感もありドキュメンタリーを読むような感覚となった.
本書は初版から10 年弱ですでに第3 版の刊行である.日進月歩の医療情報に常にアップデートしているだけでなく,版を重ねて診療に役立つ本として,洗練されてきている.当事者と常に対峙しているエキスパートの執筆だからこそ,読者の心を打つ書になっているのであろう.本書は,読者に疾患や医薬品の情報を提供してくれるガイドではなく,学問に立脚した指南書なのである.