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カテゴリー: 小児科学  |  精神医学/心身医学

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発達障害診療の道しるべ

1版

福山市保健福祉局保健部こども発達支援センター 荻野竜也 著

定価

3,300(本体 3,000円 +税10%)


  • A5判  222頁
  • 2024年7月 発行
  • ISBN 978-4-525-38271-1

小児の発達障害診療という、曖昧な世界を進むための羅針盤。

発達障害診療において,「診断」は本質ではありません.親子で楽に暮らせることが目的地であり,本書は,そのための支援の「道しるべ」を示しています.

「子供の発達が遅れている」,「育てにくい」,「発達障害かもしれない」…….発達障害を専門としない小児科医でも,受診した親子からそんな相談を受けた経験があるのではないでしょうか.発達障害という概念が広く認知されるようになり,医師が子供の発達に関して相談を受けることが多くなった現在,専門医だけでなく,子供に関わるすべての医師が発達障害支援について理解することが求められます.
本書では,「発達障害」の捉え方,子供と接する際の基本姿勢や対応方法,保護者支援の基本原則など,医師が知っておきたい発達障害支援の大切な考え方をまとめています.さらに,発達障害を有する子供たちだけでなく,すべての子供たちを支えるにあたって有用な応用行動分析についてもたっぷりと紹介しており,明日からの支援にさっそく活かすことができます.

  • 序文
  • 目次
  • Webインタビュー
序文
 1999年の6月,教授からの指示により私は岡山大学病院小児神経科で発達障害の専門外来を始めました.これは実に無謀な試みとしかいえません.なぜなら,私は発達障害の診療に関する系統的なトレーニングを受けたことがなかったからです.それまでは,てんかんや脳性麻痺などの神経疾患を専門にするという特殊性はありましたが,身体や臓器の疾患を対象とするという意味で一般の小児科医と変わりのない仕事をしてきました.子供の日常生活における行動や精神の問題に取り組むということはほとんどなかったのです.周りには発達障害の診療に専念している人はいません.頼りになるのは書籍や論文だけという状況の中で,ほとんど半泣きのような状態で診療を開始したのです.尾籠な話で申し訳ないのですが,最初の1,2年間は発達障害の専門外来がある日は,必ずといってよいほど朝から下痢をしていました.その当時,最も頼りにした書籍はローナ・ウィング先生の「自閉症スペクトル 親と専門家のためのガイドブック(東京書籍)」でした.まず最初にウィング先生のまとまった記述に出会えたことは幸運だったと思います.
 冷や汗を流しながら発達障害の専門外来を開始してからいつの間にか四半世紀が経ってしまいました.その間,私の状況はあまり変わっていません.相変わらず文献と学会やSNSで触れる正統派のエキスパートである先生方の発言,そして受診する子供たちやその保護者からのフィードバックを師匠とし,日々手探りで診療を続けています.最初から発達障害や関連する状況の診療に通じた児童精神科医などの専門家の指導を受けていればスムーズに身につけられたであろうことも,方々で頭をぶつけながら紆余曲折の末に何とか知ることができれば幸運と感じる現状です.
 世間を見れば発達障害が人々の話題になることがずいぶん増えています.また,国や地方行政の課題として取り上げられることも多いです.しかし,発達障害を対象として診療する医師は需要に対して驚くほどに少数です.このような状況では好むと好まざるとにかかわらず発達障害児を対象とする診療を始めざるを得ない小児科医は多いのではないかと想像します.教科書的な書物を読めば,ある程度の知識は身につきます.でも,専門家がそろっている施設で働いているのでなければ,本に書かれた知識と実際に目の前にいる子供とを結びつけるときに迷うことが多いのではないでしょうか.診断基準を読んでも,それを現実の子供のエピソードに当てはめるときにどのような考え方をすれば良いのか,保護者の悩みを聞いたときにどのような助言をすれば良いのか,なかなか機械的に判断できるものではありません.この本は,そのような状況に至った小児科医を念頭に書いたものです.
 この本の内容は,私の悪戦苦闘の診療体験の過程で捻り出した考え方をまとめています.決してエキスパートの思考ではなく,素人がもがきながら作り上げた自己流の考え方です.そのようなものを世に出して良いのかという疑問はありますし,人がこれを読んでどの程度役に立つのか心許ない思いもあります.しかし,発達障害診療の中で遭遇するさまざまな疑問に,自分なりに納得できる説明をつけてきた結果ともいえます.似たような境遇の方には何がしかの参考になるのではないかと思います.
 この本では,発達障害の教科書的な解説はほとんどしていません.先にも述べましたように,臨床上疑問に思ったり困ったりしたことに自分なりの解釈を積み上げた結果を説明しています.そして,発達障害臨床の仕事の大半は聴いて喋ることです.患者と保護者の悩みや疑問をじっくりと聴きます.そして,問題を整理するために患者や保護者に質問するために喋りますし,状況を整理して説明するために喋ります.患者や家族が困っていることについてどう受け止めれば良いかとかどのような助言をすれば良いか,などひたすら聴き喋っています.この本では患者や家族,あるいはその支援者たちのために,しっかりと言葉を聴いたり喋ったりするにはどのように考えれば良いかということを強く意識しています.
 本書の構成を説明します.第1章では診療をする中で悩ましく感じるテーマについて記述しています.そもそも発達障害って何かという疑問から始まり,保護者の支援にはどのような原則が必要なのか,よくお目にかかる症状であってもその背景にはさまざまな状況が考えられることなどについて記述しています.第2章では実際に発達障害の病型を診断する際の具体的手順や考え方について説明しています.第3章では子供を評価し,診断した後にどのような助言をすれば良いかということについてのさまざまなヒントや考え方を記載しています.第4章では今日,明日の診療にすぐに役に立つわけではありませんが,長く診療していくうえで大切と思われることを説明しました.本書を読んでくださった方の日常の診療に,何らかの参考になることを心より願っています.

2024年7月
荻野竜也

注:本書では,何らかの発達障害病型に該当する子供や成人を「発達障害児」あるいは「発達障害者」と表現しています.しかし,これが適切な表現かといえば疑問があります.本書では障害は個人が有する固有の属性ではなく,個人の特性と環境との相互作用の中で生じる状態像と考える立場をとっています.ところが,「発達障害児(・者)」という表現では個人の属性と捉えられやすいからです.本来なら,英語表記でのa child /person with disabilityと同様に「障害を有する子供(・人)」や「障害を伴う子供(・人)」などと表記すべきではないかと迷いました.しかし,このような日本語表現は一般的ではありませんし,ともすれば文章がまだるっこしくなります.そのため,問題はありますが,本書では「発達障害児(・者)」や「自閉スペクトラム症児(・者)」という表現を用いています.
目次
第1章 発達障害を考える
 1 「発達障害」の捉え方
 2 保護者支援について考える
 3 親に伝えたい総論
 4 落ち着きのない子供について考える
 5 すぐ忘れる子供について考える
 6 理解の悪い子供について考える
 7 偏食について考える

第2章 発達障害を診断する
 1 医療にできること
 2 発達障害診断の実際

第3章 発達障害に向き合う
 1 小児一般外来でできること
 2 基本的考え方と対応のヒント
 3 付け焼き刃の応用行動分析
 4 地域資源

第4章 発達障害についてさらに知る
 1 障害とは何か
 2 発達障害とは何か
 3 合理的配慮
 4 さらに勉強するために

索 引

コラム
 自閉スペクトラム症と冗談
 発達性読字障害の1事例
 目的合理的行為と価値合理的行為
 指示は率直に
 就学の悩み
 意識的な社会的技術
Webインタビュー
「発達障害診療の道しるべ」荻野竜也先生 Webインタビュー

Q1. 荻野先生は以前から、積極的にSNSやブログなどでの発信をされています。発信されるようになったきっかけや、続けられてきたモチベーションなどがあれば教えてください。

 さほど深い考えはなく、なんとなくSNS(Twitter、現X)に手をつけました。当初はSNSを使う意味がよくわからず、あまり発信もしていなかったと記憶しています。開始して1年半くらい経ち、東日本大震災が起こりました。福島の原発事故を中心に様々なデマが飛び交い出したのですが、その一方で専門家たちが多くの情報発信をしていることを知りました。それらの発信を読んでいるうちに、適切に取捨選択をすれば情報源として有用であることに気づきました。現在でも、SNSは様々なトピックをインプットするためのツールとしての認識が強く、発信にはあまり価値を置いていません。アウトプットは基本的には単なる独り言ですが、たまに誰かの役に立つ情報や、誰かが楽しんでくれることを発信できれば良いかなと考えています。ブログは単に考えをまとめるために書いています。患者やその保護者に説明したこと、何かの研修会で講演したこと、長らく頭の中でモヤモヤと引っかかっていることなどを文章化することで、自分の頭の中を整理できるような気がしています。

Q2.本書の序文でもその経緯を記していただいていますが、先生は小児神経を専門として診療されてきた中で、発達障害専門外来に携わられることになりました。それから四半世紀が経った現在、先生にとっての発達障害診療のやりがいとはなんでしょうか?

 割とその時々の状況に流されながら生きていますので、確たるやりがいと言えるものはありません。気がついたら25年経っていたという感じです。自分1人では想像もできなかったいろいろな人の生活や考え方を知ることができ、視野が広がる気がするのは仕事から得られる面白みかもしれません。時々の必要性に迫られて調べ物をしているうちに、いろいろなことの関係性が見えてくることも面白いと感じられます。例えば、「特別支援教育」という概念を調べるうちに近年の日本の法律が一斉に障害者への配慮ができるように改正されているのは障害者権利条約の批准に向けた動きであったことを知り、条約のことを調べる中で合理的配慮や国際生活機能分類(ICF)の考え方を知り、その結果、障害の社会モデルと個人モデルという歴史的な考え方について知ることができました。このように色々な知識が繋がり広がることが面白いなあと感じてしまいます。こういった、ささやかながら知らなかった世界や考え方に気づき面白いと感じることは診療を続ける原動力になっているように思います。もちろん、自分の判断で患者やその家族の生活が少し改善することがあれば嬉しいです。ただ、発達障害診療において医療がなし得ることはあまり大きなものではありません。患者を救うことや患者から感謝されることを目指さないことが、発達障害診療を長く続けるコツかもしれません。

Q3.近年、発達障害、特に子どもの発達障害を診ることのできる医師が不足していることが問題となっています。この現状を、どのように解決していけばよいと思われますか?

 医療を充実させるための単純な方法は、即物的な言い方になりますが、発達障害診療が金銭的利益につながるようにすることです。現在はあまりにも発達障害医療が不足していますので、ある程度は診療報酬を改定して対応する必要があると思います。ただ、医療をひたすら充実させれば発達障害支援の体制が整うかと言えばそうは思いません。発達障害支援の中で医療でないとできないことは極めて限られています。多動-衝動性や不注意の程度が強くて薬物療法が必要な時、強度行動障害、あるいは強迫症や不安や不登校などの精神症状が見られる時などは医療の関与が必須になります。しかし、現状で何らかの発達障害病型の診断を受ける子供のかなり多くが必要としているのは生活支援です。家庭以外でその主体となるものは、学校や保育所、幼稚園などです。子供達が暮らす場である学校園が多少風変わりな子でも十分に受け入れられるスキルや指導の枠組みを持ち、悩める保護者に適切な助言ができれば、医療を必要とする子供は減らせるのではないでしょうか。現在の幼児教育や初等教育はあまりにも年齢を前提とし過ぎています。皆が同じことができ、同じように振る舞うことが求められます。この現状を、個人差を考慮した教育指導モデルに変換するだけでも救われる子供は多いと思います。また、教育制度や福祉制度における様々な支援制度の利用に際して診断書を求めないように制度改革することも医療ニーズを減らすことに繋がります。内蔵疾患や運動器疾患とは異なり、発達障害では教育的な支援も福祉的な支援もほとんど医学的診断に左右されることはないと思います。日常生活の中でその子が具体的に何に困っているのかを評価することで計画が立てられることが通常です。

Q4.本書の魅力のひとつは、先生の軽妙洒脱な文体にあるかと思います。先生がこれまでに影響を受けてこられた本(医学書に限らず)、あるいはお好きな作品など、先生の文体のルーツとなるものがあれば教えてください。

 実は、あまり本を読みません。でも、子供の頃は本が好きでした。小学校から高等学校までの間によく読んでいたのは、夏目漱石、北杜夫、アガサ・クリスティです。医師になってからは、ほとんど仕事に関連のある本ばかり読んでいます。小説を読むことは毎年数えるほどしかありません。でも、6年前に今の職場に勤め出してからは、通勤に時間がかかるためオーディブルで色々な小説を聴くようになりました。数十年ぶりに小説に接している今日この頃です。

Q5.本書でも述べられているように、発達障害によるつらさや困りごとは必ずしも医療により解決できるわけではありません。むしろ、教育の場においてこそ工夫できることもあります。一方で教育の場においては近年、教員の方々の負担の大きさや、人員不足も問題となっています。今後、医療と教育はどのように連携し、どのように問題を解決していけばよいのでしょうか?

 教員の方々の負担の大きさや人員不足は大きな問題だと思います。しかし、これは医療者がどうにかできる問題ではありません。国民全員が考えるべき問題であり、政治の問題です。
 医療と教育の連携については、素直に考えれば両者が顔を突き合わせて話し合える場を増やすことが必要なのだろうと思います。ただ、単に顔を突き合わせる機会が多ければ良いのかと言えば、そうでもないだろうなとも思います。例えば、行政主導で組まれる連絡会議のようなものは、得てして形式的なものになりがちです。お互いに、本当に必要で知りたい情報を率直に交換できるような接点を持ちたいものだと思います。医師の立場としては、教育関係者が本当に知りたいことは何か、そしてなぜそれを知りたいのか、知ることによって何にどう活かしたいのか、ということを知りたいです。もちろん診断や知能検査の結果を求める教師が多いことは知っています。ただ、どう考えても診断名や知能検査結果が具体的な教育指導計画の立案に大きく寄与するとは思えません。単に、支援員を増やすなどの行政手続きに必要なだけではないかと思います。ご自分たちの仕事をより充実したものにするために役に立つ医療の関わりというものはどういうことだと考えていらっしゃるのか、率直なご意見をお聞きしたいと思っています。

Q6. 最後に、本書を読まれた方、これから読まれる方へのメッセージをお願いします。

 読んでくださった方には心から感謝いたします。読んでいただけたということだけでも嬉しいのですが、もしよければお願いがあります。感想、間違いの指摘、批判など、読んで感じたことや考えたことを教えていただけると大変嬉しいです。これから読まれる方、読むかもしれない方、別に何も考えていない方々にも、もしも読む機会があったときには同様のお願いをいたします。

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