なぜ「援助者」は燃え尽きてしまうのか
バーンアウトを跳ねのけるリーディング・サプリ
1版
富山県産業医・精神科医 數川 悟 著
定価
1,980円(本体 1,800円 +税10%)
- A5判 104頁
- 2019年8月 発行
- ISBN 978-4-525-43181-5
モンスターペイシェント・モラハラ・仕事過多…自分を守ることも大事です。
援助し援助される関係の中で,危機に瀕しているのは患者・利用者側だけではない.援助者が遭遇する危機が存在し,このことにも正しく目を向ける必要があるが,こうした危機については正面から語られることはこれまで少なかった.長年現場に身を置いてきた精神科医の筆者がすべての援助者に伝えたいメッセージが本書には詰まっている.
- 序文
- 目次
序文
燃え尽きていませんか.
仕事をやめたい,なんて思っていませんか.
毎日楽しく仕事ができていますか.
著者は精神科病院や大学病院精神科での勤務の後,精神保健福祉センターに長く勤務しました.チーム医療が強調されるより前から,さまざまな職種の人たちと一緒に仕事をしてきました.医学生の教育はもちろん,看護教育や介護職の育成にもかかわってきました.精神保健福祉センターには相談や教育研修など多様な業務がありますが,精神保健の普及啓発も大きな仕事です.そのようななかで気になっていたのは,保健・医療・福祉の領域で働く援助者たちの心の健康でした.
だいぶ前のことですが,知り合いが次々に転職する時期がありました.
優秀な臨床心理士が,長い病院勤務をやめて非常勤で相談機関に移りました.聞けば親の介護も絡んで,スクールカウンセラーもしながら少し自由な働き方をしたいということでした.また,院長の片腕とも見られていた看護師が,その病院とはまったく関係のない別の障害者施設に転職しました.多くは語りませんでしたが,「疲れてしまって」という言葉が出てきました.
彼らに共通するのは,仕事についてから十数年という時期だということ.そして,ずっと同じ医療機関での勤務を続けてきた人たちだということです.ちょうど燃え尽き症候群に関する研究書1)が出版されるようになった頃でもあり,どうやら転職の背景に,燃え尽きが存在する場合もありそうだと気づかされました.
燃え尽きにはいろいろな対応ができるでしょう.まったく関係のない業種に転じる人もあるようです.転職がいけないことではもちろんなく,1つの有効な対処法でもあります.しかし,燃え尽きたまま仕事を続けるようなことがあれば,援助者が仕事で関わる人たちにとっては,とても不幸な状況です.本人にとっても,希望に燃えて選んだ職業を楽しめないことほど,悲しいことはありません.
どうして,燃え尽きが起こるのでしょう.
どうしたらそれを防ぐことができるのでしょうか.
保健,医療,そして福祉の領域においては,その業務に関わる職種は実に多種,多様です.医師,看護師,薬剤師,保健師,公認心理師,作業療法士,社会福祉士,精神保健福祉士,介護福祉士などの人数の多い職種のほかにも,言語聴覚士などさまざまな国家資格があり,文字どおり枚挙に暇がないといえるほど多彩です.そして,その日常業務のなかで行われる治療,看護,介護,相談,支援などの行為は,それぞれの専門職種の資格に支えられ,培ってきた知識と技術を発揮することによって実践されるという共通点をもっています.
さらに近年この領域においては,一般市民によるいわゆるボランティア活動や家族による援助,そして当事者同士によるピアカウンセリングなどが行われるようになりました.そのような活動がそれぞれ重要な価値をもつことや,有用性,有効性も広く評価され理解されるようになってきています.しかし,上に述べた専門家による援助というものは,保健・医療・福祉の領域での中核的な活動として,その重要性が揺らぐことはありません.このような仕事にあたる専門家を,大きくまとめて「援助者」とよぶ2)ことにしたいと思います.
そもそも,この保健・医療・福祉という領域での利用者や来談者は,何らかの問題をもつ人々です.さまざまな苦難に遭遇し,困難を抱え,痛み,苦しみ,悲しみ,ときには怒りをもつ人々なのです.そして一方の援助者とは,そうした人々に援助する業務を自ら選ぶという職業選択をした人間です.尋ねてみれば,人の役に立ちたい,人間が好きなどと,それぞれにその動機を語るかもしれません.お金のことだけを考えてではなく,多くはそうした心情的な動機もあって仕事選びをした人たちなのです.
そうして毎日,いろいろな努力を重ねながら,職務遂行上得られる喜びや達成感を経験し,さまざまな人生とこの世の深みを覗き見て,そしてそれぞれの職業的矜持によって支えられているのが,援助者という専門的職業人なのです.
ところが,援助し援助されるという関係のなかで,危機に瀕しているのは患者・利用者などの被援助者だけではありません.援助者が遭遇する危機というものが存在します.このことにもきちんと目を向ける必要があると思うのです.
援助者には,日々,実はさまざまな危機が存在し,出現してきます.しかしこうした危機については,正面から語られることが少ないようです.援助の仕事にはつきものと考えられているからでしょうか.さらには,いってみれば仕事の負の側面だと思われているからでしょうか.そのため,遭遇する危機に対して,当人には否認や自責,自罰的態度が生じやすくなります.残念なことに,所属する組織においても,不運や個人的問題として片づけられることが少なくないのが現状です.
このような危機を克服するための具体的な対応は,当の援助者が毎日の仕事のなかで,そして援助を業とする組織においては,その組織,チームとしての責任において,日々の援助業務のなかで並行して実践されなければなりません.それが,援助に関わる仕事を健康的に続けていくための基礎的な条件だからです.
本書では,援助者自身が援助業務を続けていく過程において遭遇する可能性のあるいろいろな危機について整理し,その対応について検討していきたいと思います.
2019年6月
數川 悟
仕事をやめたい,なんて思っていませんか.
毎日楽しく仕事ができていますか.
著者は精神科病院や大学病院精神科での勤務の後,精神保健福祉センターに長く勤務しました.チーム医療が強調されるより前から,さまざまな職種の人たちと一緒に仕事をしてきました.医学生の教育はもちろん,看護教育や介護職の育成にもかかわってきました.精神保健福祉センターには相談や教育研修など多様な業務がありますが,精神保健の普及啓発も大きな仕事です.そのようななかで気になっていたのは,保健・医療・福祉の領域で働く援助者たちの心の健康でした.
だいぶ前のことですが,知り合いが次々に転職する時期がありました.
優秀な臨床心理士が,長い病院勤務をやめて非常勤で相談機関に移りました.聞けば親の介護も絡んで,スクールカウンセラーもしながら少し自由な働き方をしたいということでした.また,院長の片腕とも見られていた看護師が,その病院とはまったく関係のない別の障害者施設に転職しました.多くは語りませんでしたが,「疲れてしまって」という言葉が出てきました.
彼らに共通するのは,仕事についてから十数年という時期だということ.そして,ずっと同じ医療機関での勤務を続けてきた人たちだということです.ちょうど燃え尽き症候群に関する研究書1)が出版されるようになった頃でもあり,どうやら転職の背景に,燃え尽きが存在する場合もありそうだと気づかされました.
燃え尽きにはいろいろな対応ができるでしょう.まったく関係のない業種に転じる人もあるようです.転職がいけないことではもちろんなく,1つの有効な対処法でもあります.しかし,燃え尽きたまま仕事を続けるようなことがあれば,援助者が仕事で関わる人たちにとっては,とても不幸な状況です.本人にとっても,希望に燃えて選んだ職業を楽しめないことほど,悲しいことはありません.
どうして,燃え尽きが起こるのでしょう.
どうしたらそれを防ぐことができるのでしょうか.
保健,医療,そして福祉の領域においては,その業務に関わる職種は実に多種,多様です.医師,看護師,薬剤師,保健師,公認心理師,作業療法士,社会福祉士,精神保健福祉士,介護福祉士などの人数の多い職種のほかにも,言語聴覚士などさまざまな国家資格があり,文字どおり枚挙に暇がないといえるほど多彩です.そして,その日常業務のなかで行われる治療,看護,介護,相談,支援などの行為は,それぞれの専門職種の資格に支えられ,培ってきた知識と技術を発揮することによって実践されるという共通点をもっています.
さらに近年この領域においては,一般市民によるいわゆるボランティア活動や家族による援助,そして当事者同士によるピアカウンセリングなどが行われるようになりました.そのような活動がそれぞれ重要な価値をもつことや,有用性,有効性も広く評価され理解されるようになってきています.しかし,上に述べた専門家による援助というものは,保健・医療・福祉の領域での中核的な活動として,その重要性が揺らぐことはありません.このような仕事にあたる専門家を,大きくまとめて「援助者」とよぶ2)ことにしたいと思います.
そもそも,この保健・医療・福祉という領域での利用者や来談者は,何らかの問題をもつ人々です.さまざまな苦難に遭遇し,困難を抱え,痛み,苦しみ,悲しみ,ときには怒りをもつ人々なのです.そして一方の援助者とは,そうした人々に援助する業務を自ら選ぶという職業選択をした人間です.尋ねてみれば,人の役に立ちたい,人間が好きなどと,それぞれにその動機を語るかもしれません.お金のことだけを考えてではなく,多くはそうした心情的な動機もあって仕事選びをした人たちなのです.
そうして毎日,いろいろな努力を重ねながら,職務遂行上得られる喜びや達成感を経験し,さまざまな人生とこの世の深みを覗き見て,そしてそれぞれの職業的矜持によって支えられているのが,援助者という専門的職業人なのです.
ところが,援助し援助されるという関係のなかで,危機に瀕しているのは患者・利用者などの被援助者だけではありません.援助者が遭遇する危機というものが存在します.このことにもきちんと目を向ける必要があると思うのです.
援助者には,日々,実はさまざまな危機が存在し,出現してきます.しかしこうした危機については,正面から語られることが少ないようです.援助の仕事にはつきものと考えられているからでしょうか.さらには,いってみれば仕事の負の側面だと思われているからでしょうか.そのため,遭遇する危機に対して,当人には否認や自責,自罰的態度が生じやすくなります.残念なことに,所属する組織においても,不運や個人的問題として片づけられることが少なくないのが現状です.
このような危機を克服するための具体的な対応は,当の援助者が毎日の仕事のなかで,そして援助を業とする組織においては,その組織,チームとしての責任において,日々の援助業務のなかで並行して実践されなければなりません.それが,援助に関わる仕事を健康的に続けていくための基礎的な条件だからです.
本書では,援助者自身が援助業務を続けていく過程において遭遇する可能性のあるいろいろな危機について整理し,その対応について検討していきたいと思います.
2019年6月
數川 悟
目次
第1章 援助者の危機
■援助者とは何者か
■援助者の実状
医師の実状
看護師の実状
保健師の実状
介護職の実状
■援助者のさまざまな危機
主体的な危機
状況的な危機
第2章 主体的な危機とその対応
■失敗,慣れ,懈怠(なまけ)
失敗・ミス・過誤
・技術的な問題からくる失敗
・情報不足からくる失敗
事 例1「指ガードをつけ忘れ,患者に指を噛まれた」
・心身の不調による失敗
慣れ
懈怠(なまけ)
■燃え尽き
事 例2「最近,驚きや感嘆が全然ない」
■感情労働
感情労働の基本
表層演技
深層演技
共感ストレス・共感疲労
感情労働の代償
第3章 援助過程における危機とその対応
■援助過程の危機の基本
■援助の関係における危機
中立性と禁欲規制
共依存
逆転移
多重関係
二次的外傷性ストレス
■援助過程で起こる状況的な危機
苦情・クレーム
事 例3「一方的なクレームへの対応に悩んでいる」
・電話での苦情
・「責任者を出せ」
・「市長に言うぞ」
・「患者様」考
・面接の重要性
暴言・暴力,セクシャルハラスメント
・面接・診察・看護・介護の場面
・訪問
・事例と対応
事 例4「暴言と苦情ばかり.一体,私は何ができるの…」
チームでの対策・対応
守秘義務と危険の防止
・タラソフ原則
・規制薬物の使用
・個人情報保護法
ストーカー行為
・ストーカー行為の基本
・ストーカー行為の事例と対応
事 例5「同様の訴えの電話が毎日続いて困っています」
パーソナリティ障害
・パーソナリティ障害の基本
・境界性パーソナリティ障害
・境界性パーソナリティ障害への対応
自 殺
事 例6「死にたいと言われて,名前も何も聞かなかった.聞けなかった….仕事が手につかない…」
・自殺念慮
・自殺企図
・グリーフケア
・自殺既遂
第4章 援助者として働き続けるために
■援助者として働くこと
■危機の回避と克服の手立て
チームの一員としての良い人間関係
同業の友人のサポートを得ること
継続的な研鑽や訓練
家族や友人との安定した人間関係
心の健康づくり
■援助者の育成と保護
専門家として育てる
安全を守る
事故対策
健康を守る
■組織とチームワーク
援助の体制
チームワーク
情緒的支援
■慣れ・燃え尽きの対策
非日常への慣れ
記録
契約ということ
エモーショナル・リテラシー
心の健康づくり
ストレス・コントロール
ストレス対処
■援助者とは何者か
■援助者の実状
医師の実状
看護師の実状
保健師の実状
介護職の実状
■援助者のさまざまな危機
主体的な危機
状況的な危機
第2章 主体的な危機とその対応
■失敗,慣れ,懈怠(なまけ)
失敗・ミス・過誤
・技術的な問題からくる失敗
・情報不足からくる失敗
事 例1「指ガードをつけ忘れ,患者に指を噛まれた」
・心身の不調による失敗
慣れ
懈怠(なまけ)
■燃え尽き
事 例2「最近,驚きや感嘆が全然ない」
■感情労働
感情労働の基本
表層演技
深層演技
共感ストレス・共感疲労
感情労働の代償
第3章 援助過程における危機とその対応
■援助過程の危機の基本
■援助の関係における危機
中立性と禁欲規制
共依存
逆転移
多重関係
二次的外傷性ストレス
■援助過程で起こる状況的な危機
苦情・クレーム
事 例3「一方的なクレームへの対応に悩んでいる」
・電話での苦情
・「責任者を出せ」
・「市長に言うぞ」
・「患者様」考
・面接の重要性
暴言・暴力,セクシャルハラスメント
・面接・診察・看護・介護の場面
・訪問
・事例と対応
事 例4「暴言と苦情ばかり.一体,私は何ができるの…」
チームでの対策・対応
守秘義務と危険の防止
・タラソフ原則
・規制薬物の使用
・個人情報保護法
ストーカー行為
・ストーカー行為の基本
・ストーカー行為の事例と対応
事 例5「同様の訴えの電話が毎日続いて困っています」
パーソナリティ障害
・パーソナリティ障害の基本
・境界性パーソナリティ障害
・境界性パーソナリティ障害への対応
自 殺
事 例6「死にたいと言われて,名前も何も聞かなかった.聞けなかった….仕事が手につかない…」
・自殺念慮
・自殺企図
・グリーフケア
・自殺既遂
第4章 援助者として働き続けるために
■援助者として働くこと
■危機の回避と克服の手立て
チームの一員としての良い人間関係
同業の友人のサポートを得ること
継続的な研鑽や訓練
家族や友人との安定した人間関係
心の健康づくり
■援助者の育成と保護
専門家として育てる
安全を守る
事故対策
健康を守る
■組織とチームワーク
援助の体制
チームワーク
情緒的支援
■慣れ・燃え尽きの対策
非日常への慣れ
記録
契約ということ
エモーショナル・リテラシー
心の健康づくり
ストレス・コントロール
ストレス対処