ブックタイトル生きると向き合うわたしたちの自殺対策
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生きると向き合うわたしたちの自殺対策
130はじめに 医療のなかには物語がある. 医師の個人的な信条や経験則ではなく,客観的・統計学的な研究によって,有効であると証明された介入をなすべきという,Evidence based medicine(EBM)が,現在の主流である.しかし,医療のなかのすべての問題に,科学的な解があるわけではない.われわれ医療者は,しばしば正解がないことに向き合い,どうにか乗り越え,自分のとった行動が妥当だったのか,内省する. 「あの時どうすべきだったのか?」最後まで答えがみつからないことももちろんあるが,患者やその家族,同僚の医療者,あるいは自分自身との対話のなかに,答えに近いものが見出せることもある.話し合いのなかから,医療が,科学であり,アートであるという大きな矛盾を埋めていく可能性があるというのが,EBMと車輪の両輪の関係にあるNarrative based medicine(NBM)というあり方である. 以下は,ある自殺についての患者とその家族,医師の対話の記録である. プライバシーに配慮して,患者の背景などは大幅に改変している.■ ■ ■ ■ ある年の春,私はそれまで診療していた土地を離れ,別の病院に勤めるため異動の準備を進めていた. 60代の女性に,主治医としてかかわって半年になっていた.最初は「頭が重い」,「お腹が痛い」,「手がしびれる」など,2?3日で部位が変化する,全身の不快感を訴え,自宅近くの総合病院の神経内科を受診した.諸検査によって,器質的な疾患は否定されたにもかかわらず,本人の訴えが続いたため,私の勤務する病院の精神科に紹介された. 初診時は家族とともに来院され,詳しく問診したところ,身体症状よりも,隣人が自宅に入ってきて,冷蔵庫に毒を入れて,一家もろとも殺そうとしている……などの妄想症状が明らかになり,10年ほど前にも,同様の妄想がみられていた.身体症状も,この隣人の仕込んだ毒によって起こっているという本人の理解で,妄想については家Scene8:当事者と家族ポストベンション:生きる「力」のナラティブ─ 精神科医より─23